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▼ ちよこれいとのあじ

お腹がすいた。
なにか食べたいのだが、いつも家でしているように冷蔵庫を無遠慮に開けられる状況ではない。
名前がいるのは花宮の家である。
花宮から「家に来るか?」と誘われ名前が行かない訳がなかった。
あの花宮が誘ってくれたのだ。
花宮はべたべたした付き合いを好まないのか、デートをしたりわざわざ休日に会おうとしなかった。
学校がある日に一緒に少しだけ残って勉強したり話したり、その後に手も繋がず隣を歩いて帰る。
それだけ。

名前は少し寂しかった。
花宮と同じ空間を過ごせるのはとても楽しく、心地の良い緊張に包まれていられる。
しかしもう少し近づきたいと思っていた。
もう少し、もう少し花宮の近くに、心の近くにいさせてくれないか。
そう思っていた。

「ね、真」

「なんだ」

花宮は自ら名前を家に呼んだというのに名前には構わず本棚から本を取り静かに読む。
そしてしばらくして読み終わると読んだ本棚に戻し、また新しい本を取り静かに読むのを繰り返した。
名前のことなんて放置である。
なんでも最近忙しく、週に何冊か読む習慣が崩れたそうだ。
花宮にとって読書は食事のようなものだった。
読まないと死んでしまうかのように暇さえあれば本に齧りついていた。

「甘いもの持ってない?」

「持ってねえし甘いのは食えねえ」

花宮に問えば即答される。
名前はかなりの甘党だった。
今まで気づかなかったが、確かに花宮は原や山崎にお菓子を勧められてもまったく口にしていなかった。

「そうだよね」

名前が残念そうに脱力すると花宮はちらりと名前を見つめた。

花宮の許可を取って花宮のベットの上でごろごろして空腹を紛らわせた。
実を言うとお腹がすいているというよりは口が寂しい。
なにか飴でも舐めたい気分なのだ。
そう思いながらごろごろするとベットから花宮の匂いがする。
甘くて癒される。
花宮に抱きしめられているような感覚を味わえる。

「名前」

花宮に呼ばれ花宮の方を向くと、花宮の後ろの机の上に銀紙をさらに紙で包んだチョコレートがあるではないか。
チョコレートに気づいた名前はすぐさま行動した。
呼ばれたから花宮の近くに来たように、自然な振る舞いをして椅子に座るとチョコレートは目の前だ。
見たことのないパッケージだが美味しそうだ。
音を立てないように銀紙をゆっくり剥がすとチョコレート独特の匂いと色に食べたい衝動が高まる。

ちょっと、ちょっとだけ。
本当に『チョコをちょこっと』というダジャレの如く少しだけいただいた。
まさか自分がダジャレの通りになるなんて思っていなかったために変ににやけてしまった。

「…にっが…墨の味する…」

「しねえよ」

ふはっと笑って花宮は名前をバカにする。
もぞもぞと不審な行動をしていたせいでバレたのか、花宮は目線を手元の本から名前に向けていた。
チョコレートを口にするとあり得ないほどの苦味が広がった。
甘くない。
大好きないつものチョコレートの甘さなんてまったくない。

「…苦い」

「カカオ100%だからな」

花宮が当たり前のように言うと名前は驚いた。

「!?カカオ豆食べてるのと同じだよ」

「あいつらと同じこと言いやがる」

「カカオ豆を加工する必要がないね」

「あ?」

はあ、とため息を吐く花宮に名前は苦笑した。
誰だって名前のように言うだろう。
名前が苦い苦いと頭を振っていると花宮が両手で頭を掴む。

「まこ、」

「じっとしろ」

そう言うと花宮は目を閉じ名前に口づける。
無理矢理口を開けさせられると花宮の舌が名前のそれをなぞる。
言葉は冷たいくせに行動が優しくて戸惑ってしまう。

「んむっ…」

そういえばコーヒーもブラックを飲んでいたな、と名前がぼうっと考えると、キスに集中していないことに気づいたのか花宮が名前の舌を小さく齧った。

「い、」

「バアカ」

「なんで…」

花宮は唇を離すと舌を出して笑った。
初めてこんなに近づいたのでどきどきする。
花宮の舌があたっていたときのざらざらした感覚が舌に残って恥ずかしくなった。

「見た目で騙されたな」

ふっ、と笑って名前をしてやったりの顔で見つめる花宮は子供のようだった。
楽しそうな花宮を見て名前もなんだか笑ってしまう。
どうやらあのチョコレートは花宮がわざと見える位置に置いたようだ。
先ほどまでなかったのだから犯人は花宮しかいない。

「なに笑ってんだよ」

「真楽しそうだなって」

「…別に」

バツの悪そうにふいっとそっぽを向く花宮が愛おしくなった。

「ふふふ」

「笑うな」

「いいじゃん」

笑う名前を花宮が振り向くと、鼻がぶつかるほどに近かった。
お互い驚きで目を見開いて見つめた。
見つめ合うと不思議な感覚がした。
2人だけの部屋で、2人だけ時間が止まったようだった。
花宮の目が熱を帯び大きな手が名前の後頭部に回り唇が重なる。

「まこ、」

「…ん」

花宮の唇から優しい温かさが伝わってくる。
悪童のくせに、本当は臆病なのだ。
臆病を隠すために花宮は名前を包もうとする。
花宮の指先から、視線から、舌先から優しさが伝わってくるのだ。

「齧れ」

「苦いからいや」

「いいから」

花宮が名前の口の前にカカオ100%のチョコレートを突き出した。
嫌だと言っても花宮は聞かないので名前は我慢して齧った。
苦味が口の中に広がる。
名前が苦さで顔をしかめると花宮が笑って再び口づけた。

「これがしてみたかったんだよ」

そう言って花宮は既に十分すぎるほどに濡れた舌を名前の舌に絡めチョコレートを舐め取るようにゆっくりと舌を動かす。

「ん、あ」

「名前、」

「ま、こ」

花宮のまぶたはうっすらと開き名前を見下ろしていた。
名前の苦しむ姿を熱のこもった瞳で見つめ、名前を虜にした。
花宮のチョコレートはキスの味だ。

(150721)
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