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▼ 闇を照らすあなた

注意*途中まで暗い

生温かい空気に包まれ鬱陶しく思っていると、時折冷たい風が名前を攫おうとする。

名前は夜空を見上げ泣いていた。
悲しかったり、疲れていたり、心に溜まったものを涙を流すことで癒していた。
見上げた空は深い青で、白のような黄のような星の輝きが美しい。
星々が瞬く間、何度涙を流すのだろうか。
名前の心はそれほどに傷心していた。

日々の生活が苦しいとでも言おうか。
なにもしていないくせに疲れたり、悲しみが溢れたりする。
ああ、これが病みというものなのだろう、そう思っていた。
だから放っておいた。
いつか治るだろう、自分はそんなに弱くはないのだと。
しかし1ヶ月、2ヶ月経てども改善はされなかった。
気がつけば自分がちっぽけで役に立たない人間だと決めつけている。
そう考えてはだめだ、だめだ。
自分を鼓舞すればするほど深みに嵌ってしまっていた。

この病みがなぜなったのか、いつからなのか、正確なことがわかれば解決は早かった。
だが、それが出来ていれば初めから病んだりしないのだ。
悲しみに涙を流し、自分を卑下することなんてしない。

みんな私のことを理解なんてしない。

否、されたくないのだ。
自分を簡単に攻略なんてさせないと無意味な敵対心を燃やす。
これが名前の悪いところだった。
わかりやすい性格なのか、気難しい性格なのか、誰にもわからない。
自分でさえ理解しきれていないことを、他人に理解させてたまるか。
そう意地を張るのだ。
それが自分にとってよくないことだとわかっている。
しかしやめられないのだ。
名前は不思議な子だ。

ふと柳を見ると、柳もこちらを見た。
偶然目が合っただけなのに、それがなんだか運命のときめきのように心臓を揺さぶらせる。
目が合うと時が止まるように感じるのはなぜだろうか。
互いに見つめ合ったまま動かず、笑いかけもせず、もしかすると息もしていないのではないか。
そんな時間が流れるのだ。

や な ぎ

唇を動かすことさえ煩わしい。
好きな人の名前を呼ぶのも上手く出来ない。
病んでいるせいもあるだろうが、これは柳と名前の仲も関係あるだろう。
実際、2人の仲は良好とは言えなかった。
付き合う前の優しさはどこへ行ったのか、と問いたくなるほどに柳は冷たい。
付き合う前ならば、「一緒に帰らないか?」「今度出かけないか?」「どうした?なにか悩み事か?」そう言ってくれた。
名前が話しかけると、例えなにかしていても名前を優先してくれた。
あの優しさに包まれるのが好きだった。
おかしなことを言って笑い合うのがなによりの幸せだった。
それなのに。

付き合ってから柳はかなり辛辣だった。
柳から話しかけてくれなくなった。
名前が話しかけても返事をしなくなり、鬱陶しそうに一瞥するとすぐにどこかへ行ってしまう。
まるで追っていた獲物を手に入れると飽きだす動物のようだ。
今まで自分だけ幻でも見ていたかと自分に尋ねるほどだった。
柳の態度は付き合ってから一変したのだ。

それゆえに恋人らしいことをしたことがない。
キスをすることも、抱きしめ近づくことも、手を繋ぐことさえ、したことがない。
付き合う前と後の態度が反対ならばよかったのに。
名前は優しかった柳を思い出し、泣きそうになるのを堪えた。

柳が席を立った。
また無視をされるのか。
また傷つくのか。
何度無視をされても心は慣れなかった。
ずきりと心が悲鳴をあげると、温かい液体がじわじわ溢れ出す。
あの感覚が嫌だと。
苦しい、潰してしまいたい。

柳が名前の目の前で立ち止まった。
冷たい風が柳の香りを運ぶ。
柔らかで古風な、静かな木々の香り。
こんなに近くて良いのだろうか。
嬉しさよりも不安が勝り、名前は柳を見ることが出来ない。

「名前」

柳が名前に話しかけたのは、名前の名を呼んだのは、いつぶりだろうか。
名前の心臓はドクドクと異様に早い音を鳴らす。

柳が、私を、

視界に入ることさえ嬉しかった。
嬉しくて返事をすることがなかなか出来ない。
緊張で呼吸が浅くなる。
名前はやっと柳を見つめることが出来た。

「名前」

「や、なぎ、」

「ああ」

名前が柳を呼ぶと、柳は返事をし抱きしめた。
柳の体温が冷たい風に攫われそうな体を温める。
温かくて、柳の抱きしめる手が優しくて再び泣きそうになる。
腰に回った手は名前を離さないように強く、そして優しかった。

「やな、ぎ」

「ああ」

このやりとりだけで幸せだった。
しかし自分も抱きしめ返していいのだろうかと戸惑った。
すると柳は名前の頬を包み優しく上を向かせた。
頬を包む指は名前の目尻を撫でる。
そこに涙があるかのように撫でるので、知らないうちに泣いてしまっているのかと思ったが違う。
先ほどまで泣いていたことを知っているようだった。
冷たい態度をとるのに見ていてくれていたのかと驚いたと同時に恥ずかしくなった。

柳を見つめていると柳の顔が近いてきた。
どうしたらいいのかわからず目を泳がせていると唇が触れた。
名前はとっさに目を閉じた。
触れ合うだけの静かなキス。
口から息を吸うのか、鼻から息を吸うのかわからないために息を止める。
柳の薄く自分よりも少し冷たい唇を感じていた。

柳の唇が少しだけ名前の上唇を食んで吸う。
ちゅ、と食むと同じようにゆっくり下唇を食む。
くすぐったくて気持ちいい。
名前の唇が自然に開くと柳はもっと開くように深く口付ける。
頬の手は落ち着いた柳からは想像も出来ないくらいに熱い。
名前は柳の胸元の服をきゅっと掴んだ。

名前が耐えきれず息を吐くと柳は開いた唇を舌で舐めた。
まるで味を確かめるようにじっくり唇を舐めると、今度はそっと名前の中に入った。

「っ、」

名前の身体がびくりと震えると、柳は安心しろとでも言うかのように名前の頬を撫でた。
柳の舌は名前の歯列をなぞる。
互いの舌先が名前の中で触れ合うと痺れた。

好奇心のままにうっすら目を開けると柳も少しだけ目を開けていた。
フッと笑う声が聞こえて、名前が目を閉じている間に観察していたのがわかった。
恥ずかしい。
名前は再び固く目を閉じた。

「んんっ…」

柳の舌は名前の舌を絡め繋がろうとする。
柳に応えることが怖い。
再び冷たくされるかもしれない。
逃げれば逃げるほど柳は激しく名前を求めた。
名前が逃げるために唇を離そうとすると柳は名前の唇を追って来た。
唇が離れることはない。
柳に応えていいのだろうか。
名前はほんの少しだけ柳に自分の舌を這わせる。
すると柳は名前に応えるように名前を絡めとる。
自分の舌から柳のざらざらとした感触が伝わる。
いつの間にか溢れた唾液が柳と名前の唇を濡らす。
柳と名前はいつまでもキスをしていた。

柳が迫って来ると、名前はやはり逃げた。
もちろん柳はそれを許さないので、息が苦しいだけでなく柳が覆い被さる体制に変わりつつあり体制も苦しかった。
名前が背中から倒れそうになると柳の腕が名前を支えた。
柳の力強い腕で身体を抱かれ名前はさらに熱を持った。
柳は名前を離さず口付けを続けた。
今まで離れていた分を取り返すように深く長い口付けだ。
柳は名前を自分に寄りかからせると地面に崩れるようにゆっくりと腰を下ろした。

はあっ、と唇が離れた途端空気が体内に入り苦しくなる。
柳をちらりと見つめると、柳も息を我慢していたのか息が上がっていた。
頬が赤く色っぽい。

そんな柳を見るとぼろりと涙がこぼれた。
ただ嬉しかった。
柳と心を通わせることが出来ただろうか。
不安が少し安堵に変わる。

「やなぎ…」

名前は涙を流しながら柳を見上げる。
崩れ落ちた2人は思った以上に密着し鼻先がぶつかる距離で静かに見つめ合った。

「やはりお前は笑顔がいい」

なぜそう言ったのかはわからない。
しかし柳は名前をまっすぐに見つめ笑う。
柳はあの優しさで名前を包んだ。

(150714)
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