小説 | ナノ

▼ 微々たる甘美

ズボンのポケットに両手を入れ、スタスタ歩く花宮に、名前は追いつけない。
足が痛いのだ。
今年の夏の主役になるであろうサンダルを夏が始まる前に買った。
少し踵が高いが足首をストラップで固定出来るタイプであるし、なにより可愛かった。
名前はそれを履き花宮と出かけることが楽しみで、夏がいつ始まってもいいように靴箱にしまっておいた。

そしてただ歩くだけで汗をかく季節となったのだが、どうやらサンダルは名前に合わなかったらしい。
足首を固定出来るのが仇となり、足首にまとわりつくストラップが名前の素足を擦った。
さらには小指が窮屈だと悲鳴をあげている。
足が痛い。
花宮と涼しくカフェでまったりする予定なのに、まったく楽しめない。
足が痛みで熱を持ち、夏の暑さがさらに暑く感じる。
カフェまでの道のりがとても遠く感じた。

グキッと足を挫いたり靴擦れをするのがイライラした。
花宮に気づかれないように振る舞ってはいるがどうせ気づいているのだろう。
はあ、と花宮に聞こえないようにため息を吐くと、また足を挫いた。

「(足痛い)」

名前の頭は花宮とのデートで楽しむことよりも足が痛いことでいっぱいだった。

「真、ちょっと待って」

「…」

「お願い、ちょっとだけ、ねっ?」

名前が前を歩く花宮の肩を掴み止めた。
花宮も暑くてイライラしているのだろう。
眉を寄せダルそうな顔をしている。
こんな暑い中でも誘ってくれたことが嬉しくて、せめて涼し気な格好をして行こうと思ったのがバカだった。
名前は心中で自分に悪態を吐いた。
ついでにサンダルにも少し悪態を吐き痛さを紛らわせるために足を振った。
花宮は名前を振り返り言う。

「…なんだよ?」

「…足痛い」

そう言うと花宮は名前の足元を見た。
いつもよりずいぶんと高い踵だ。
目線が近いのはこのせいか、と花宮は納得する。
同時にそんなに高い踵でなければいけなかったのか、と疑問に思った。

「チッ、なんでサンダル履いてきた
しかも踵の高えやつ」

「んー、オシャレ?」

女の言う「オシャレ」というのがよくわからない。
自分を少しでもよく見せようとするための行為なのだろうが、我慢してまですることだろうか。
花宮は名前を哀れに思った。

そんなことをしなくてもお前を好きなのに。

「足痛えのにか」

「ごめん」

花宮が言及すると名前は素直に謝った。
しゅんとした姿がなんだか可愛く見えた。

「お前ってバカだよな」

ふはっ、と声が漏れて名前に言うと名前はぽかんとした顔で花宮を見つめた。

「な、バカじゃないよ」

「バカだろ」

「っ、バーカーじゃーなーいー!」

「うるさ」

言い合いをしていると飽きたのか花宮が名前の肩を抱きずいっと顔を近づける。

「暑いからカフェに行く」

「うん」

今日の予定を改めて言われてどうしたのかと思う。
それよりも近くてどきどきして暑い。

「我慢出来るか?」

「…うん」

「出来ねえのかよ
ちょっと待ってろ」

そう言うと花宮はどこかへ歩いて行ってしまった。
出来ると言ったのに、それが強がりなことに気づいてしまう花宮に名前は苦笑する。

私のことすごくよく見てくれてる。

「ちょ、どこに」

声をかける暇もなく消えてしまったので名前は呆然として立ち尽くした。
しかし立っているだけでも暑い。

「あ、ベンチ」

なにか暑さを凌げるものはないかと周りを見渡すとおいおいと茂る木のそばにベンチがあった。
名前は痛む足に気を遣いながらよろよろと歩きベンチに座った。

「名前」

しばらくして、後ろから声をかけられたと思えば花宮が名前の後ろに立っていた。

「真」

どうしたの、そう聞こうとすると花宮は名前の足元にしゃがんだ。

「真?」

「なんだよ」

口は冷たいままに、花宮の熱い手が名前の足を締めつけるサンダルに触れた。
花宮の手によりサンダルが両足を開放する。

「痛いのは…ここか」

花宮は呟きポケットから絆創膏を取り出した。
名前の赤くなった足に丁寧に絆創膏を貼っていく。

「真、あの、自分で出来るよ」

「履けねえサンダル履いてきたやつは黙ってろ」

花宮は名前を見上げて注意すると再び名前の痛々しい足に視線を戻した。

「これ履け」

履けと言いながら履かせる花宮を名前は甘いと思った。
先ほどいなくなったときに買って来たのだろう。
踵の低いサンダルを履かされる。
足の裏のクッションがふかふかして気持ちいい。

「あ、ありがとう」

「別に」

ふいっとそっぽを向く花宮が手を差し伸べる。
名前は笑いながら花宮の手をとった。

「真大好き」

「はいはい」

名前の言葉を軽く受け流し前を歩く花宮だが、その顔は笑っていた。

「お礼に真のコーヒーおごるね」

「いらない」

「なんで」

はあ、とため息を吐いて花宮は名前を振り返った。
名前の後頭部を支え花宮の唇へ導いた。

「これでいい」

そう言って花宮はべえっと舌を出して笑った。

(150621)
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