小説 | ナノ

▼ 愛すべきヒト

「ね、あれ欲しいな」

「名前に似合いそうだね」

淡い色のワンピースを指差して声をあげる名前。

「あ、あれ美味しそう」

「太ると思うけど…」

クリームやチョコレートがたくさんのっているクレープをよだれが垂れそうな勢いで見る名前。

「健太郎、あっちも」

「はいはい」

片手にクレープ、もう片手にはタピオカのジュースを持ち俺の前を歩く名前。
その後ろでさっきのワンピースが入った袋を持つ俺。

名前は好奇心旺盛で興味が尽きない。
たくさんデートしていろいろなところに足を運んでたくさんの経験をするのが好きらしい。
『健太郎と一緒だともっと楽しいんだ』、なんて言ってくれる。
今まで『瀬戸くんはなんでもお見通しだからつまらない』とか『瀬戸くんが物知り過ぎて自分が惨めになる』と言われていた。
知らないって言うから教えたんだけど、それが裏目に出ちゃうみたいなんだよね…。
だからそんな風に言われたのは初めてで素直に期待に応えたいと思う。

「健太郎こっちー」

「うん、行くよ」

少し前で俺を手招きする名前に笑顔で返して大股で近づく。
「もうクレープ食べ終わったの?」
そう言えば「美味しかったよー」なんて言う。
惚れた弱みなのかもしれないけど、名前がこっち、あっちと言えば着いて行きたくなる。
ここはなに?と聞かれたら教えてあげたくなる。
少し子供っぽい名前がすごく可愛いと思う。
周りからは父娘みたいって言われるけど、大丈夫。

「俺のことも構って」

名前に追いついて後ろから抱きしめてそう言った。
「うわあ」って小さく驚いて名前は歩くのを止める。

「素直だね、好き」

「はは、ありがとう」

名前に好きって言われるだけですごく嬉しい。
彼氏で良かった、次はどこに連れて行こうかな、なんて考える。

「けーんたろー」

「どうしたの?」

俺の名前を呼んで名前がベタァとくっついてくる。
名前の言動すべてが俺を刺激する。

「すーきー」

「さっきも聞いたよ、ありがとう」

「そこは『俺もだよ』って言うの」

俺の真似をして低い声で言うと名前は俺をじっと見つめた。
潤った目が俺を映している。

「そうなの?」

「うん」

こくこくと頷く名前の頭を撫でる。
せっかくの名前のお願いだから叶えてあげよう。

「俺もだよ」

俺がそう言うと名前は俺の腕に顔をうずめて唸った。

「…かっこいいから許さない」

「ひどいなあ」

くすくす笑うと名前は顔を膨らませた。
そういうところも可愛くてズルいのわかってないよね。
俺を虜にするのが好きなんだ。
可愛いね、と意味を込めて名前の小さな頭を撫でる。

「健太郎ってお兄ちゃんみたい」

「そう?」

「そう!お兄ちゃん〜」

はしゃぐ名前を見ているといたずらしたくなった。
にこにこ笑ってお兄ちゃん、と言う名前に熱視線を送ると名前は気づいたのか静かになって俺を見る。
ぽかんと開けた唇が美味しそうでキスをした。

「お兄ちゃんとキスするなんていけない妹だね」

「健太郎ズルい…」

唇を離すと名前が逃げようとしたので後頭部に手を回して深く口づけた。
甘くて柔らかい。

「名前の方がズルいけどね」

「どこが?」

「全部かな」

「曖昧だなあ」

俺が首をかしげると名前はふふふ、と笑った。
へにゃりと柔らかい表情に癒される。

「次はどこ行こうか」

「んー…あっ、健太郎が服選んでるところ見たいな」

聞いてみればずいぶんシンプルだった。
そんなことで名前が満足するのならいくらでも連れて行ってあげよう。

「そんなことでいいの?暇じゃない?」

「健太郎見てるから忙しいよ」

「…ズルいね」

名前はいつも嬉しい言葉をさらっと伝える。
ズルい。

「なにー?」

小さく呟いた声は名前に届かなかったのか聞き返してきた。
近づく距離に気持ちがふわふわして名前の手を握る。

「名前、」

「なに?」

今度は名前が首をかしげた。
髪が揺れて名前の匂いがする。
色っぽい。

「好き」

「ふふ、私も好き」

俺が名前の髪に顔をうずめると頭を撫でてくれる。
優しくて温かくて幸せで眠ってしまいそう。

「じゃあ行こうか」

「うん!」

どこまでも連れて行くよ、俺の彼女サン。

(150618)
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