小説 | ナノ

▼ 紫雲の隙間より雷

「ね、一哉の目見てみたいな」

「ん〜?目〜?」

一哉がアイスレモンティーの入ったグラスをストローでかき混ぜる。
ざっくり切られた氷がグラスにあたってからからと鳴る。

「うん、ダメ?」

「ダ〜メ」

一哉はにんまり笑った唇からべえっと舌を出す。
爬虫類のような、ドラキュラのような、妖艶で怖い印象を受けた。

「なんで?」

「見えない方がロマンあるじゃん?」

「そうかなあ…私は一哉と目を合わせたいんだけど」

ちらりと一哉を盗み見るとひたすらレモンティーを吸っていた。
出されたくない話題を出されて困ってるんだろう。

「…俺は合ってるのわかってるから」

「一哉だけだよ」

一哉の言葉に笑ってしまった。
一哉が私のことをよく見てくれているのは知っている。
私はよく転んだり物を落としたりするけれど、一哉は毎回助けてくれる。
私のことを見ていなければすぐ助けることなんて出来ないと思う。
だから一哉にはとっても感謝してるし彼女としてなにか出来ることがあれば出来る限りしてあげたい。
でも私のわがままで、目も見たい。

「名前、飲み物こぼしそう」

「えっ」

「カップがナナメになってたよん」

「それはこぼすね…ありがとう…」

一哉を見つめながら考えていたから手にカップを持っていたことを忘れていた。
持っていたカップが重さでどんどんナナメになっていたみたいで、ソーサーにこぼそうとしていた。
慌てて手に力を入れてもう片方の手でカップを支えて中身を飲むと温かくてほっ、と落ち着いた。

レモンティー。
一哉がパックのレモンティーを飲んでいるからカフェに行って悩んだときはいつもこれだ。
爽やかな舌触りに微かな柑橘の香りが鼻くすぐる。
一哉と同じものを共有していることが幸せ。

「名前」

「ん?」

「なんか食べる?取ってきたげるよん」

一哉が腰を上げてテーブルに体重をかけた。
テーブルがギシィッと軋み顔が近くなる。
一哉が私を見下ろして私が一哉を見上げる。
キスをしてしまいそうな近さ。

「さっき美味しそうって言ってた季節限定のやつかな」

「ん、オッケー」

そう言ったと思ったら一哉の顔が降りてきて唇が触れた。
チュッと音がして離れると一哉はさっさとレジに歩いて行く。

「すいませーん、ベリータルトとオレンジタルト1つ」

涼しくて飄々とした顔で注文する一哉とは正反対に私の顔は暑かった。

「お待たせ」

「…うん…ありがとう…」

「ちょっと、元気出して」

「誰のせい…」

暑くなった顔を両手で隠していると一哉が帰って来た。
カタン、と音がして見るとトレーにタルトが2つ。
フルーツがキラキラ輝いていて美味しそう。

「美味しそう」

「でしょ、俺が見つけてあげたんだからね」

そうなのだ。
先ほど話していた季節限定のものというのはこの2つで、すぐに店に入ろうとした私を止めてこれが美味しそうと教えてくれたのは一哉だ。

「一哉って女子っぽいところあるよね」

「うん、名前よりかはね」

一哉がにっこり笑って私を見る。
その言葉を聞いて私はベリーのタルトをぶっ刺してから見つめ返す。

「はあ?」

「そういうところ男っぽい
てか花宮っぽい」

フォークの握る手に一哉の手が重なる。
男っぽいと言いながら冗談でも男扱いしないところが一哉の不思議なところで、ちゃんと彼女として扱ってくれる。

「…」

「花宮〜」

一哉が私の鼻先で手を振る。

「名前ですけど」

「うん、知ってる」

オレンジのタルトを一口食べた一哉がしれっと言った。

「オレンジうんまい
ベリーちょうだい」

「ベリー美味しいよ、どうぞ」

「サーンキュ」

一哉がベリーのタルトにフォークをのばして口に入れる。
一哉の唇に吸い込まれるものすべてが美味しそう。

「ね、目見せて」

「名前しつこい」

見えない目にギロリと睨まれた気がした。
居心地が悪い。

「てか名前さ、あーんとかしてよ」

「や、やだ」

「照れた?」

私が首を振ると一哉は笑った。
やっぱり爬虫類かドラキュラみたい。
その雰囲気のせいで逃げられない感覚に陥る。

「照れない」

「じゃあやってよ」

早く、と言って口を開けて待つ一哉が可愛くて私も笑ってしまった。
私が食べさせる分にはいいかな、そう思ってフォークでオレンジタルトを一口大に切って一哉の口元まで運んだ。

「名前って俺に甘いよね」

「彼氏だしね」

「ふーん」

オレンジタルトをもぐもぐ食べながら言う一哉が今度はレモンティーを飲んだ。

「どうせあーんさせてくんないよね?」

「うん」

「じゃあ〜」

よっこいしょ、と再び腰を上げテーブルに体重をかける。
一哉の重い前髪が私の鼻にあたってくすぐったい。

「キス、しよっか」

「かず…」

私が答える間もなく一哉の薄い唇が私の唇に触れた。

「好き」

柔らかな唇から柑橘の味がした。

(150616)
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