小説 | ナノ

▼ 悲しき怪獣

名前は目に涙を溜めずるずると鼻水をすすりながら柳を見上げた。
なにもしない。
ただ涙が流れそうになると瞬きで誤魔化し鼻水をすする。

「アンドロイドになりたい」

「アンドロイドになりたい?なるのは勝手だが、俺と恋愛は出来ないな」

「…別にいいよ」

名前が不服そうに答える。
柳はいつも通り涼しい顔をして名前の言葉を受ける。

「そうか、それなら貞治に頼んでやろう」

「えっ…」

柳があっさり名前の戯言を受け入れ乾に電話しようとするので名前は柳の腕を掴んだ。

「どうかしたか?」

腕を掴まれた柳は不思議そうにスマートフォンから名前に視線を移す。

「べっ別に」

その視線にはっとして名前は柳の腕を離す。

「さよならだな」

「そう、だね」

「…」

名前が強がってそう答えると柳は静かに目を開いて名前を見つめた。
本当のことを言え、そんな顔をしている。

「っ…蓮二、」

「なんだ?」

名前は精神が不安定になるとよく突拍子もないことを言う。
柳は名前がなにを言うのか毎回待つのだが今回は驚いた。
アンドロイドになりたいと言うのだ。
毎回「疲れた」や「もういやだ」と抽象的なことを言って柳にすがりつくのに、突然アンドロイドになりたいと言う。
柳は名前が不思議だった。

「その…」

「フッ…からかいすぎたか?」

「…ごめん、」

名前は素直に謝った。
アンドロイドになりたいだなんて、本気ではない。
否、そのときはなにがなんでもなりたいと思うのだが、少しすると自分を分析し始め冷静になる。
するとアンドロイドになんてなれないと悟る。

「お前がアンドロイドになりたいと言って、悲しかった」

「ごめん…ね」

「アンドロイドになれば俺と完全には通じ合えないだろう」

今度は名前が驚いた。
柳は自分とわかりあえなくなることを恐れていた。
だからアンドロイドになることを嫌がったのだ。

「蓮二、」

「俺は今のお前が好きだ」

だから俺と人間のまま幸せにならないか、柳は名前の耳元で優しく諭す。
名前は涙をこぼした。

ーーー

ある日名前は言った。

「疲れた
もうやだ
生きていたくない」

名前が鼻声で訴えた。
名前と柳の間には1mの距離があった。
手をのばすがあと少しのところで届かない。
名前と柳は身も心も近いにも関わらず名前が離れるのだ。

「どうした、俺がいるだろう」

柳は出来るだけ優しく問いかけた。
これ以上泣かないように、辛さを紛らわせられるように。

「蓮二がいても辛い」

「そうか」

柳は一歩近づき名前を強く抱きしめた。
この温もりが名前を少しずつ溶かすのを柳は知っている。
だから一緒にいる、抱きしめる。
名前には柳が必要だからだ。
そして柳にとっても名前が必要なのだ。

「歌でも歌おうか」

「…聞く」

即答とまではいかないものの名前は柳の提案にすぐのった。

「なにがいい」

「ゆっくりしたやつ」

ざっくりとした抽象的なお願いに柳は少し苦笑したが、名前の言う通りゆっくりとした歌を歌ってあげた。

「蓮二」

「なんだ」

名前は柳を呼び深呼吸をした。
また涙が溢れそうなのだろうか。
柳は名前の言葉を待った。

「ありがとう」

純粋で素直なお礼に柳は驚いた。
いつも恥ずかしがって言わないからだ。
柳は普段聞くことのできないその言葉が嬉しくて噛み締めた。

「俺には名前が必要だ」

「私も蓮二が必要」

だったらなぜそんなことを言う?
柳はそうは思わなかった。
言いたくなったから言っただけだなのだ。
抑えきれない負の感情をぶつけられるところが柳しかない。

「なら一緒にいよう」

一緒にいる、それが柳と名前のすべてだ。

「うん」

負の感情を柳が払ってくれること、柳しか負の感情を受け止められないことを、互いにわかっていた。

柳と名前はいつも依存し求め合う。

(150609)
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