小説 | ナノ

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ある日俺はまた廊下を歩いていた。
教室に比べ温度がいくらか低いので心地がいい。
俺は少し涼しいくらいの温度を好む。
暑くても動けないし寒くても動けない。

行くあてもないまままっすぐ廊下を歩いていると、前方の教室から出て来た花宮がふと俺を視界に入れる。
その瞬間、真剣そうな顔をして俺に近づいて来た。

「お前…俺が言うのもなんだが少しおかしい」

「そうか」

会って早々おかしいなんて失礼だと思うが、花宮ならばと許してしまう自分がいる。
特に肩入れしているわけではないが、俺たちの司令塔だからだろうか。
なにを言われ、なにをされても抵抗の前にまず従ってしまう。
目の前まで来ると花宮は腕組みをし俺を見上げて言った。
俺の方が背が高いから少し見下ろす。
花宮は心配のような、心底迷惑しているような表情だ。

「…反論しねえところがおかしいっつってんだよ」

花宮は眉間にしわを寄せた。

「それから」

そこで花宮は区切って俺を睨む。

「お前名前に入れ込みすぎてねえか?」

「そんなことはない」

「そこは反論するんだな」

ふはっ、とバカにしたように笑う花宮が俺は少なからず好きだ。
こいつはきっと俺のすべてを知っているのだろう。
知って、理解した上でなにも言わないのだ。
まあ互いに関係のないことだが。

「名前は関係ない」

「…そうかよ」

「ではな」

花宮はまだなにか言いたそうな顔をする。
心配してくれてありがとう、花宮。
だが大丈夫なんだ、必要性がないんだ。

窓から入った雨粒が俺の人間らしい肌の上に落ちたので払い、バタンッと音を立てて窓を閉め花宮の横を通り過ぎた。

「(閉める音が大きすぎたか…
花宮、肩を震わせていたな)」

心中で花宮に謝り歩く。
少し先に窓を開けて外を見つめる瀬戸がいた。
きっと俺を待っている。
俺が一歩足を進めると瀬戸は気づいてすぐさま窓を閉めた。
その行為が気に食わない。
瀬戸の前まで歩いて止まり、瀬戸に気づかれないよう窓の外を盗み見ると激しく雨が降っている。

「古橋、大丈夫?」

瀬戸は窓の枠に手をついて俺を見る。

「なにがだ」

「…なにって、これから梅雨だから」

「…」

こいつだけは許さない。
俺に会うたび心配面して俺に干渉してくる。
いらない。
大丈夫なんだ。
わかっているさ、お前のような優しい人間は俺を構いたくなる、そうだろう?
本当にすまないが…ありがた迷惑なんだ。
俺はそんな柔な身体ではない。

「俺に構うなと言ったはずだが」

「ごめんね、でも心配でさ」

ほら、心配なんだろう?
俺はなんとか舌打ちを抑えた。
IQ160は伊達ではないと思う。
人の気持ちを読んで汲んでやることを、息を吸って吐くのと同じくらい簡単にやってのけてしまう。

…俺は人間ではないがな。

「俺、古橋の力になりたいんだ
なにかあったら言ってほしい」

「…バカか」

「言うと思ったよ」

瀬戸は眉を下げてフッと笑った。
俺がなんと言うかわかっていてなおも言う。
瀬戸も花宮のように認めた奴に対して甘い。

「構われるのが嫌いなんだ」

「うん」

瀬戸は静かに俺の荒い感情を聞く。
文句も意見も言わない。
こういうのを包容力と言うんだろう。

「だからもう、」

「いつか壊れるよ、それじゃ」

「っ…」

「いつでも言って」

俺は逃げた。
早歩きで瀬戸の前から消えた。
瀬戸の、警告する花宮の、話す裏で心配する原の、素直に気持ちを言う山崎の優しさが身に沁みた。
涙なんて出ないのに、泣きそうになった。
鼻の奥が痛くて鼻をすすった。
あいつらと接することで弱くなる。
それが怖かった。

また今日も名前のいる部屋のドアを開けた。
やっぱり俺を待っていたかのように名前は笑って迎えてくれた。

「名前っ…!」

「今日も来てくれたんだね」

嬉しい、名前はそう言って目の前で止まり俺を抱きしめた。
俺も抱きしめ返す。

「会いたかった」

「私も会いたかった」

今日こそは、今日こそは言いたい。
誰か、誰でもいいから俺に力をくれないか。
名前を抱きしめる腕に無意識に力が入った。

「名前…」

「どうしたの、康次郎」

「っ…、俺はっ…名前が、」

言葉がなかなか出ない。
言いたいことが言えない、伝わらない。
その事実がとても怖い。
俺の恐怖はそれしかない。
笑うことも感情を表情に出すことも出来ない俺には言葉で表現するしか方法はない。

「…すき、だ」

「すき、すきだ名前」

「康次郎」

なんとか言えると止まらなかった。
羞恥のような幸福のような不思議な気持ちだった。

「私も好きだよ」

「康次郎がなんであってもね」

嬉しい、名前のよく言う言葉の意味がわかったような気がする。
俺は今、嬉しい。

「嬉しい」

「私も嬉しいよ」

「すきだ」

この気持ちは人間も俺も同じなのだろうと、名前の髪に顔をうずめながら感じた。

(150608)
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