小説 | ナノ

▼ 策士は策に溺れない

「これとこれ、どっちがいいかな…」

「?どっちも似合ってるよ、両方買うのはどうかな?」

これとこれ、と言って氷室くんの前に差し出すとその2つの服を少し見てからそう言った。

今日は2人でふらふら歩いてショッピングをしている。
外を歩くにはちょうどいい風が吹いていて、暑くも寒くもないのでのんびりショッピングが出来て楽しい。

「氷室くんっていつも優しいからほんとのこと言ってるのかわかんない」

「俺はいつでも本気だよ
信じられないなら…もう少し大胆になった方が良いのかな?」

「えっ…」

爽やかな笑顔でサラッとそんなことを言われたので驚いてしまった。
私の後ろの壁をドンッと叩いて氷室くんと鼻先がくっつきそうなくらいに近づく。
今ので壁が破けたりしないの?

「ひ、氷室くん…」

「俺も男だよ?」

にこにこして言うから怒っているように見えて「ごめんなさい」と言うと「怒ってないよ?」と言われる。
…怒ってるように見えるよ…。

「名前は本当にcuteだね」

「えっ…そ、うかな、ありがとう…?」

「照れない照れない」

そうあやすように優しく言う氷室くんは私の頬を撫でる。
温かくて、くすぐったい。

「ひむろくん」

「なにかな?」

なんだかわからないという様子で氷室くんが首をかしげる。
その姿さえも氷室くんの色気や、儚さや、優しさが伝わってきて心臓がどきどきうるさい。

「ちかいと思う…」

私が言うと氷室くんはくすりと笑って近い距離をもっと近づけた。

「好きだよ」

とっても近い距離でそう言われたと思ったら唇が柔らかくて温かいものに触れた。
それがキスだと気づいたのは氷室くんが唇を離して私を抱きしめたときで、私は恥ずかしくて氷室くんの背中に手を回すので精一杯。

「氷室くん、ここお店だから、」

離れて、そう言おうとすると氷室くんは私の耳元でくすりと笑って離れた。

「もう少し抱きしめていようと思ったんだけど…名前が恥ずかしいなら仕方ないね」

氷室くんは優しい。
私が嫌がることはしない。
よく知らないけれどジェントルマンってこんな感じなのかな…。
でも少し刺激が欲しいと思っちゃうんだ。

「ね、氷室くん」

私が背伸びをして氷室くんの耳元で呼ぼうとすると少し屈んで合わせてくれる。
ほら、優しい。
そんなところも好きだけれどね?

「なに?」

ふわりと羽のような柔らかな笑みで私の言葉を待つ氷室くん。
ああ、かっこいいなあ、王子様みたい。

「ホテル行こっか」

「え…」

氷室くんの柔らかな笑みが固まった。
面白い。
紳士な氷室くんならそういう反応すると思ったよ。
氷室くんは少し俯いた。

「ふふっ…」

「?…氷室くん?」

氷室くんが笑う。
いつもの笑い方じゃない。
バカにしたような笑い声。

「ははは…、名前ってバカだね」

「なっ、どういう…」

言い終わる前に再び私の両側の壁がドンッと鳴る。
これは破けたでしょ…?

「バカ、だね」

さっきよりも近い。
言ってしまえばキスをしている。
唇が触れ合ったまま話すものだから私の唇まで動く。
氷室くんとキスをしていることを感じさせられてどきどきする。

「抑えてたのに…知らない」

「あ、の…」

これはマズい気がする。
氷室くんの目がバスケをしているときのような、獰猛な獣の目をしている。

「名前もそういうことしたかったんだね、気づかなくてごめん」

「いや、まっ」

「じゃあ行こうか」

人の話なんてまったく聞いていない。
私は氷室くんに引きずられるように、しかし決してぞんざいには扱わない優しさに包まれながら店を出た。

「氷室くんっ、ちょっと待って…」

「どうして?」

氷室くんはあざとく首をかしげる。

「それは…」

「大丈夫だよ」

なにが大丈夫なのかわからない。
痛くしない、ということだろうか。
もしそうならなおのこと怖い。
慣れているのか、そんな考えがよぎる。

「ほら、着いた」

優雅な深い茶のライトがドアの周りを照らしている。
ホテルの前まで来てしまいこれは逃げられないと悟った。
そういうホテルはもっとピンクばっかりのところだと思っていたのに、ドアの周りにはたくさんの観葉植物が置いてありむしろ落ち着く。

「さあ、行くよ」

「ちょ、ちょっと…!」

引かれた手を自分に引っ張ると氷室くんは私を振り返りくすりと笑った。

「怖気づいたの?」

「っ…」

負けず嫌いな私にその類の言葉は禁句だ。
私はムキになり今までの態度なんて捨て去って、氷室くんを引っ張りドアの向こうに足を踏み入れた。

「(ほんとに可愛いなあ)」

氷室くんの押し殺した笑い声が後ろから聞こえた気がした。

(150606)
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