小説 | ナノ

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笑わない。
否、笑えない。
俺は感情を持たない。
なにも必要としない。
すべてがただの物質にしか見えない。

「古橋お前さ、笑った方がいいと思うぜ」

「どういう意味だ」

同じ部活の山崎が俺の肩をポンと叩きながら言った。
こいつはうるさいからあまり好きではない。
ただのチームメイトとして表面上の仲の良さで取り繕えばいいだろう。

「いや、女子が言ってたの聞こえたんだけどよ
古橋ってかっこいいけど笑わないから怖くてアピールも出来ないってさ」

「そうか、どうでもいい」

「ひっでえ」

うるさい。
俺がいいと言うならどうでもいいだろう。
俺のことをどう思うかは他人の自由だが、その意見に合わせる必要がない。

「話はそれだけか」

「あ?まあそれだけだけどよ…チームメイトとしてもうちっと仲良くしてえっつーか…」

?すまないが意味がわからない。
チームメイトだからなんだと言うんだ?
俺は主将、そして監督の花宮の言うことに従うだけでいいと思うが?
それが俺たちにとってのチームだろう?

「考えておこう」

「…おう」

山崎は依然不服そうな顔をしていたが俺は無視して廊下を歩く。
疲れた。

静かな廊下を歩いていると窓に寄りかかる男が見える。
あの髪色は奴しかいない。

「あ、古橋〜」

「…原」

またうるさいのが来た。
正直一番苦手だ。
へらへらしておきながらすべて見透かしたような物言いが好かない。

「古橋冷て〜
ね、ガム持ってない?もしくは電子辞書貸してちょ」

「忘れ物をしたくせにガムまでせびるとは図々しいにもほどがある」

「まあまあ」

借りる身なのに態度がデカい。
俺は一度ため息を吐いてから原を見る。

「あいにくガムは持っていない
電子辞書は俺のバックに入っている」

「マジさんきゅ、古橋」

お礼のキッス、と言って投げキスをしてくるので素早く避けると原は笑った。
こちらはかなり不快だ。
鳥肌が立っただろう。

「さっさと取りに行け
あと5分で授業だぞ」

「…そういう古橋もね」

その俺を知っているような目が嫌いだ。
前髪で見えなくとも視線からそう感じる。

「…」

俺は原を睨んで先を急いだ。

早く会いたい。
俺の生きる糧と言っても過言ではない人。
なんのために生きているのかわからない俺は、このためだけに生きている。
人生を終わらせるのを何度も思い留められる。

「名前…」

静かな廊下で俺の足音だけが響いている。
そこに俺の生きる糧の名を呼んでみる。
ほわりと空気に浮かぶその名がひどく無垢で美しく感じた。

「(早く会いたい…)」

歩くことが煩わしい。
俺はいつの間にか走っていた。
チャイムが鳴る。
早く会おう。
彼女が待つあの場所に行こう。

「やあ、康次郎」

ドアを開けると待っていたと言わんばかりに声をかけられる。
名前はソファに座っていつものように俺を隣に手招く。

「っはあ、…名前」

「走って来たの?」

「ああ」

俺は汗を手の甲で拭いながら名前の近くまで歩いた。
今度はゆっくりと歩き、上がった息を整える。

「お疲れさま
会いに来てくれてありがとう」

「いや、俺が会いたかっただけだ」

「うん」

そうだとしてもありがとう、名前はまたそう言って笑う。
きれいだ。
俺は大きく息を吸って吐き、名前の隣に座る。

「また会いたくなった」

「毎日会っているでしょう」

名前が俺の顔を覗き込む。

「名前が視界から消えるとすぐに会いたくなる」

「嬉しい」

名前はまたありがとうと言う。
名前のおかげで俺は生きていられるのに。
俺こそありがとうなのに。

「ありがとう」

「どうしたの?」

「言いたくなっただけだ」

「そう」

名前は俺の手をとった。
俺の太ももの上で恋人繋ぎをする。
名前の手の温もりが心地いい。
冷えた身体を溶かしてくれる。

「また来てね」

「もうお別れなのか」

「ごめんね」

しばらくすると名前は繋いでいた手を離した。
名前から繋いで離すのも名前からだ。
俺は離れた手を追う。

「名前」

「なに?」

他の誰もいらないからずっと一緒に、隣にいてほしい。
この別れのときが一番苦しいんだ。
どうか、今日は帰りたくない。
帰らないことを許してはくれないか。

「名前、」

「?どうかしたの…?」

「…なんでもない」

また言えなかった。
言いたくても言えない。
俺には言う資格がない。
名前とずっと一緒にいることは出来てもそれ以上は叶わない。

好きだ、と、また言えなかった。

(150605)
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