小説 | ナノ

▼ そして始まる

バタバタと足音が遠くから聞こえる。
ああ、今日も来たんか。
今吉は眉を八の字にしながら足音には気づかないフリをする。

「今吉さーん」

名前が今吉の後ろから抱きつく。
それをわかっていた今吉は何事もなかったかのように返事をする。

「なんや」

「好きっ!」

名前がそう言うと今吉は笑った。
優しく名前を自分の背中から離し、向かい合うと頭を撫でる。

「いつもおおきに
せやけど、言われ慣れてもうたで」

「えええ、ときめかないの」

「すまんな」

今吉が謝ると名前は正面から抱きついた。
それを「はいはい、」と言っていつものように受け止める。

「でも好き」

「そらおおきに
ワシも好きやで」

「え…」

いつも、
「好き」
「そうか」
で終わっていた会話が今日は違うことに驚いた。
名前は今吉を凝視する。
もしかしたらこの今吉は青峰なのではないか、そう思いながら見るがいつもの今吉だ。
今吉は驚いてなにも言えない名前をわざと不思議そうな顔をして見つめる。

「好きやでー?」

「い、今まで一回も返事くれなかったのに…」

今吉がそう言いながら首をかしげたが、名前は今吉の言葉が信じられず小さな声で反抗をした。
すると今吉はへらっと笑い名前と目線を合わせる。

「ときめきが大事やろ?」

「今吉さんって実は乙女、」

「なんか言うたか?」

今吉の声が低くなりにやりと笑ったので名前は慌てて笑顔を見せる。

「今吉さんがかっこいいことがわかりました」

「そやろ」

今吉がその言葉を聞いてにっこり笑う。

「(怖い…)」

名前は内心ひやひやしながら笑っていた。

「名前チャン」

「なんでしょう、今吉さん」

今吉が「名前チャン」と言うときはなにか願いを聞いてもらいたいときだ。
前回のお願いは確か花宮の眉毛を剃ってくるとかいう任務で、無理だとわかってはいるが任務失敗のお仕置きが怖いので花宮のところまで行った。
花宮のところに行くと、『おい、お前まだ今吉さんに絡まれてんのか』だとか『お前まだ今吉さんと付き合ってねえのかよ』などガミガミ説教され、眉毛を剃ろうと手を伸ばした瞬間、『お前…中学のとき今吉さんと仲良くさせてやったの誰だか覚えてんのか?』と言われた。
しかしその後なに食わぬ顔でもう一度手を伸ばすと、『名前チャン…』とゲスな顔で花宮が笑ったので怖くて帰った。
まったくこの2人の「名前チャン」ほど怖いものなどない。
帰ると今吉にお仕置きとしてイジリ倒されたのは言うまでもないだろう。

ちなみに名前と花宮は同い年で同じ中学である。
そうなると必然的に今吉の後輩で、3人でよくつるんでいた。
この2人と一緒にいてよく性格が曲がらなかったものだ、と名前はよく自分を褒め称えるのだ。

「ワシなあ、彼女としたいことがあんねん」

「私は特にないです〜」

あはは、と愛想笑いをしながら今吉から離れようと後退りをすると肩をがっしりと掴まれる。
力は強くないが逃げられないと瞬時に悟る。
今吉は例えるなら蛇だ。
薄く開いた唇から蛇特有の舌が出てきそうだ。

「冷たっ
ワシの夢叶えてくれてもええやん」

「なにが夢なんですか?」

しぶしぶ了承してなにをしたいのか聞いた。
今吉のことだからきっと普通の人生では経験しないようなことをされるんだろう。
名前は腹を括った。

今吉さんならなにをされてもいいよ。

心中では今吉を受け入れる準備が整っていた。

「あーちょっと恥ずいから目ぇ閉じてくれへんか
そしたら教えたる」

「?はい」

今吉にも恥ずかしいことがあるのだろうか。
名前は疑問に思いながら言われた通りに目を閉じた。

頭上からくすくすと今吉の押し殺した笑い声が聞こえ、不安とともに恥ずかしくなった。
今吉からは恥ずかしそうな気配はまったくしない。
今なにかされているのだろうか。
目を閉じると情報が少ないせいですぐに不安や恐怖に繋がってしまう。

「い、今吉さん?」

「んー?」

名前の不安とは裏腹に今吉は自由だった。

「名前」

「はい?」

しばらくすると名前を呼ばれたので返事をする。
声はやはり頭上から聞こえた。

「好きや」

突然耳元で言われたので思わず体が揺れた。
低く優しい声にどきどきする。
今吉はこんなにも切ない声だっただろうか。

「今吉さ、」

「好きや」

今吉に話しかけようとすると遮られる。
どこにも触られていないのにじわりと体が熱を持つのがわかる。

「口開けて」

言われた通りに少し唇を開くと、熱いなにかが名前の唇に触れる。
それがキスだとわかり体を引こうとすると後頭部を優しく支えられた。
唇が離れたと思うと再び触れまた離れるのを繰り返し、今吉は名前の唇に緩く吸いついて離れた。

「今吉さんのしたかったことって…」

もしかしてキス?

「別にキスがしたかっただけや」

そう言いつつも今吉は満足そうな顔で笑う。
影で妖怪やサトリと言われる彼も、普通の男子高校生なのだとわかると笑みがこぼれた。
名前が笑うと今吉は不満そうな顔をするが、大人びて見えてしまうだけで可愛い子供であることに変わりはなかった。
そして同時に名前は自分も今吉からそういう風に見えているのだと悟る。

「今吉さん好き」

「なんやにやにやして
気持ち悪いで」

「今吉さんはいつもにやにやしてるよね」

反抗すればいつもそれに答えてくれる。
意地悪に隠された優しい今吉が名前は好きだ。

「これからよろしゅう、名前チャン」

「こちらこそよろしゅう?」

「真似すんなや」

真似をすると怒られた。
それが面白くて名前はまた真似をする。

「よろしゅう」

「唇塞いだろか」

名前がなにか言う前にはもうキスをしているのだった。

(150603)
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