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▼ とれる

「うそでしょ…ふるはし、っねえ、ふるはしっ…!」

「原…」

原がガラスをバンバン叩く。
山崎はそれを止めるために原を羽交い締めにした。

イスを持っていた瀬戸がふるふると震える。

「どけ…」

地を這いずる声で言うとイスを振りかぶる。

「瀬戸くんっ…」

とっさに離れると、直後にバアアアンッと音がして、イスが弾き返される。
何度も試みるが、やはり硬くて割れない。

「くそっ」

瀬戸が悪態をつきイスを投げ捨てた。
すると薬品の棚を睨みつけた。

「…フッ化水素だ」

瀬戸がふと思いついたのかそう呟いた。

「有毒なんだから吸い込んだり古橋にかかったらどうするんだよ
落ち着け」

「…」

花宮に指摘され、ぐったりとする瀬戸は床に座り込んだ。
フッ化水素は吸引すると咳やめまい、頭痛などの症状が出る。
皮膚に触れると容易に浸透し骨を侵す。
非常に危険だが、フッ化水素以外の薬品ではガラスは溶けない。

「花宮?」

花宮が歩き出したので山崎が不思議に思い呼びかける。
ふらふらとおぼつかない足取りで薬品が並ぶ棚まで歩く。
自分で注意したのに薬品を使う気なのかとここにいる全員が花宮の行動を見つめた。

花宮は薬品の棚についているガラスのドアには一切目もくれずに棚の前にしゃがんだ。
ガララッとガラスのドアの下にある薄い金属の棚を開け、なにかずるずると引きずる音がする。
棚から引きずり出したのは重そうな工具セットだ。
その場でケースを開けて電動ドリルを組み立てた。
それを持って古橋に近づくとカプセルを念入りに調べた。
正面はガラスだが、上下と後ろの部分は金属だ。
なにか見つけると電源をオンにして上の金属にあてた。

「花宮?」

山崎がもう一度問うと花宮は電動ドリルを構えて山崎の方を見た。

「ガラスと金属の物体なら金属から壊せばいいだろ」

金属と電動ドリルが触れ合うとキリキリと嫌な音がして、耳を塞いだ。
本当に取れるのだろうか。
電動ドリルはかなり金属の表面を滑っている。
なんとか窪みやガラスと金属の接合の部分に電動ドリルをあててしばらくすると、上のフタのような部分が外れた。
これで酸素は入るはず、と花宮は額の汗を拭うと、原が花宮の手から電動ドリルを取りあげ作業を再開した。
黙々と作業する原を見て、花宮は思わずフッと笑った。
その姿がいつもより少し小さくて、しょんぼりしているように見えたからだ。

『原はむやみにボタンを押さない、を学習した!』…ってところか?

花宮が考えている間に原が半ば強引に後ろの金属を解体すると古橋を中から引きずり出し、床に寝かせた。
花宮がそばに膝をつき、応急処置として気道を確保させる。

「ゲホッゲホッ」

「古橋」

「…はあっ」

古橋は咳き込んだ後、大きく息を吸った。
目を開け、虚ろで焦点が定まらないが、無事のようだ。
そのようすを見ていた花宮以外のメンバーは古橋に駆け寄った。
古橋の顔を心配そうに覗き込み、古橋がなにか言うのを待った。

「…頭がぼーっとする」

「それは酸素が入ってきてなかったからな」

「…そうか」

花宮が答えると声で近くにいるとわかったのか声が聞こえる方に目を向けた。
花宮と古橋の目線は合わなかったが、ここで花宮はようやく安堵した。

「存外俺は捕まるしか能がないらしい」

「いいから酸素でも取り入れてろ」

「…」

古橋が話そうとすると花宮は止める。
回復していないのであまり話さないようにとの配慮なのだろう。
それに気づいてか、古橋はこくりと頷き再び目を閉じた。
花宮は古橋から目を離し他のメンバーに目配せをすると出来るだけ静かに探索を再開した。

んーと…なにか役に立ちそうなもの…。

名前が考えながら机の上を見てみると、書類がおいてある。
A5の紙で左上に大きなクリップで留めて束になっており、表紙には『森の管理について』と書かれている。
今まで出てきた言語がドイツ語なだけあって、日本語で書かれるこの書類が気になった。
表紙をめくるとびっしり書いてあり、読むのが大変そうだ。
そこに薬品の棚を調べ終わった花宮が来て名前の隣に立った。
名前の持つ書類が気になったのか、名前に体を寄せ覗き込んできた。
時折「めくれ」と指示があるので従うとするする読んでいく。

「この建物は新しい管理人のものだな」

広いといえど静かな森の中の建物なので、余計な物音を立てなければ容易に花宮の声は聞こえた。
全員がその場で探索をしながら聞いた。

「新しい管理人は日本人
今までここを複数人で管理をしていたドイツ人の自由を制限した
…このドイツ人は第二次世界大戦で同じ枢軸国側だった日本に逃げ込んだ奴らだな
それに加え森に誰も入らないのをいいことに危険な実験を動植物…ドイツ人にまで行ない制御不能になりこの有様か」

「じゃあゾンビは助からないから殺すしかないってこと?」

名前が花宮を見て聞けば顔を歪めた。
名前の手から書類を奪い空いている手で名前の頭を撫でる。

「女が殺すとか言うんじゃねえ」

「…ごめん」

「今その日本人はどこ?」

瀬戸が近くの机に座って花宮を見る。

「さあな、だが実験の張本人なんだから人間のままだろ
俺たちじゃ殺せねえよ」

殺人になる。
花宮が最後に言った言葉が嫌に空気を彷徨った。

(150329)
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