04

無常の風は時を選ばず



「大丈夫…?」

やっと落ち着きを取り戻した僕に、黄瀬君が優しく声をかけてくれる。しかしまだ抱きついて離れない僕をやんわりと引き離そうとしてることに気づいて一層腰に回した腕に力を込めた。

「お、おい、黒子…?」

そんな僕達の後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。視線だけそちらへ向ければ、気まずそうにこちらを見る火神君と目が合う。どうやらここにいたのは僕と黄瀬君だけではなかったようだ。珍しく空気を読んだのか今の今まで一言も発さずに見守る事に徹していたらしい。

「大丈夫か…?」

眉を下げてる火神君を見て今更ながらに気づく。黄瀬君も火神君も、そして僕も身につけているのは高校の制服。自分の記憶にある最後に見た2人よりも、少しではあるが若いようにも見える。黄瀬君が目の前にいる時点で既におかしいのだが、改めて自分の置かれている状況を不思議に思う。

「…あの、火神君」

「お、おう?」

「今キミは何歳ですか?」

「は?」

「今年で、いくつになりますか?」

「…18だけど…?え、本当にお前どうしたんだよ」

確信した。まさかとは思ったが、どうやら僕は高校生に戻っているようだ。タイムリープと言えばいいのか、はたまた逆行か。そんな漫画の中の話みたいな事が今自分に起こっている。それか、もしくは先程まで僕が体験してきた出来事は全て夢だったのだろうか。今日から黄瀬君が事故に巻き込まれた日までの長い長い数年間を、あんなにリアルに?そちらの方が違う気がする。説明なんて出来ないけれど、さっきまでのあの悪夢のような出来事は夢なんかじゃない。リアルだったはずだ。数時間前に僕は黄瀬君のご実家に行った筈で、その後赤司君と話した事も夢ではない。家に帰って気を失うように眠ってから、それからどうしてか高3の頃の自分に戻ってしまったんだ。

「えっと…取り敢えずそろそろ離れよう?いきなりどうしたの黒子っち」

黄瀬君が自分の腰に回された僕の両手を掴んで、ゆっくりと離れていく。全身で感じていた黄瀬君の温もりが離れていくことにどうしようもない不安感に襲われたが何とか感情を抑え込んだ。僕の両手を胸の前で強く握りしめて、体を屈ませた黄瀬君が顔を近づけてくる。

「もしかして熱でもあるんスか?体調悪い?」

「…いえ、大丈夫です。どこも悪くないです。心配かけてすみません」

「ほんとかよ?お前急に立ち止まったかと思ったら空見上げてボーッとしだして。かと思ったら黄瀬に殴れなんておかしな事言って抱きつくし。どう考えても変だろ。なんかおかしなもんでも食ったんじゃねーのか」

「あ、まさかさっきの桃っちのクッキー…?!黒子っち1枚食べてたよね?!それが今更効いてきたとか?!」

桃井さんのクッキー…。思い出した。夏も終わり段々涼しくなってきた秋の初め。学校終わりに青峰君、桃井さん、緑間君、高尾君と僕達の7人で集まってストバスをしに行った事があった。その休憩中に桃井さんから差し入れのクッキー(のようなもの)を渡され、キラキラと期待の眼差しで見つめられたら断る事なんて出来なくて1枚食べたのだ。何とか絞り出した声で美味しいと伝えて、そのすぐ後にコソッと黄瀬君が青ざめた顔でお茶を渡してくれた事があった。それが今日だったのだろう。さすがの桃井さんのクッキーでも僕に立ったまま気絶させて数年間のリアルすぎる悪夢を見せるなんて出来ない―――はず。はずだ。

「違います。本当に大丈夫ですから」

「ならいいけど…」

未だ納得していない雰囲気の2人の背中を早く帰りましょうと押しながら、だんだんと落ち着いてきた頭で考える。まずは家に帰って状況を1度整理する。そして自分の次の行動を、するべき事を決める。この際さっきまでの悪夢が夢だったとしても構わない。寧ろあんな悪夢は夢であってほしい。けれど、もしあれが僕の予想通り夢でも何でもない、これから起こる全てだったとしたら、僕は何に変えても黄瀬君をあの事故から守る。守ってみせる。黄瀬君と赤司君にはずっと隣で笑いあって幸せになってほしい。その為なら、僕はどうなったって構わない。



黄瀬君と火神君と別れ、家に着いた僕は何だか懐かしい実家を暫く眺めた。大学に入ってから学校に近い部屋を借りて一人暮らしを始めていたから、帰る家がここなのは3年以上ぶりだった。年末年始には帰ってはいたけれど、それとは少し違う。
玄関を開ければ変わらない母がいた。変わらない微笑みを浮かべて変わらない調子でおかえり、と言ってくれる。懐かしい。何1つ変わっていない人に会えたからか、やっと一息つけた心地になった。張り詰めていた肩の力を抜いて、自室の扉を潜りすぐに机に向き直った。出しっぱなしだったノートとシャープペンを手繰り寄せる。まずはこれから僕がするべき事を考えよう。
黄瀬君が事故に遭った時間は桃井さんから聞いていたから、あの日1日僕が黄瀬君の傍についていれば何か変わるだろうか。それか、黄瀬君本人にこの事を伝えるか。いや、それは信じてもらえない可能性の方が断然高いのでやめた方がいいだろう。仮に信じてもらえたとして、どうやってその事を知ったのか、僕には説明が出来ない。あの日の黄瀬君の予定を、僕が先に誘って全く違うところに行くという手もある。色んな案を出してはひたすらノートに書き出す。1時間ほど悩んで、誰かに相談するという案は真っ先に消えた。信じて貰えないとかではなく、説明が出来ないからだ。自分でもまだよく分かっていないこの現象を、誰かに説明するなんてとてもじゃないが無理だ。相談するとしても、もう少し自分の考えに整理を付けられてからにした方がいいだろう。ノートに赤いペンで丸を付けてから、走り書きした内容を読み返す。
今日はここまでにして、一旦眠ろう。一度に全て考えても、焦ってしまっていい案は浮かばない気がする。それでは本末転倒だ。また明日もう少し落ち着いた頭で考えればいい。ノートを閉じて、のそのそと自分のベッドにダイブする。ずっと色んなことを考えていた所為か、頭がショート寸前だった。とても眠い。枕元に置いてある目覚ましをセットしたところで、僕の意識はプツリと途切れた。



*****



―――――。


目の前に、真っ赤な血で全身を染めている黄瀬君が倒れていた。

どうしてそこに居るのか、僕は動かない黄瀬君の隣で呆然と立ち尽くしている。

震える声で呼び掛けても、力の入らない手で揺すっても、黄瀬君は反応を返してはくれない。

半分開かれたままの目からは少しも正気を感じられない。

いくら待っても、黄瀬君が起きてくれることはなかった。

どうして。

やめてくれ。

なんで。

これは、夢だ。夢でなければいけない。

早く覚めてほしい。見たくない。早く。

早く、早く、はやく。



はやく。



―――――。



*****



聞き慣れた目覚ましの音が聞こえた瞬間、僕は反射的に飛び起きた。目覚ましを止めるのも忘れて傍にあった携帯を震える手でタップする。怖くて堪らない。黄瀬君が生きていた事が夢だったらどうしよう。折角助けられるかもしれないという希望が持てたのに、それが全部幻だったら。もしそうだったら僕は。
祈るように固く閉じていた目をそろそろと開けて、携帯の画面を見る。そこに書かれている日付は。

「…良かった。夢じゃなかった…よかった…っ」

1日だけ進んでいる日付に心底安堵した。心臓がドクドクと五月蝿い。周りをよく見れば僕が今いるのは実家の自分の部屋だった。夢ではなかったのだ。

「…黄瀬君」

起きて最初にした事は、黄瀬君にメールを送る事だった。夢ではなかったと分かったけれど、どうしても不安が消えてくれない。おはようございますという件名で、今日会いに行ってもいいですかという内容の短いメールを送れば、1、2分もしないうちに返事が返ってきた。

『おはよー!黒子っちからおはようメールなんて初めて貰ったから三度見くらいしちゃった。俺も黒子っちに会いたいから勿論おっけースよ!嬉しい!じゃあ昨日のストバスのとこに部活終わったら集合って事で大丈夫?』

すぐに大丈夫だという旨のメールを返してから、やっと息をつく。黄瀬君が返信をすぐに返してくれて良かった。もしまだ寝ていてメールに気づいてくれなかったら、僕は返ってくるまで携帯を手放せなかった。ベッドからも降りられなかっただろう。またすぐに返ってきた黄瀬君のメールを読んでから携帯を鞄にしまって、朝食をとりにリビングへと向かった。



*****



「あ!黒子っちー!こっちこっち!」

部活が終わってからすぐに約束していたストバス広場へ急いだつもりだったのだが、黄瀬君はそんな僕よりも早かった。制服のジャケットを脱ぎ、シャツの袖を捲って楽しげにボールを付いていて、僕に気がつくとボールの持っていない方の手を大きく降った。

「待たせてしまってすみません」

「俺もついさっき来たばっかで全然待ってないっスよ」

駆け足で近寄ると、にこにことあどけない笑みを浮かべた黄瀬君がボールを鞄に仕舞いながら身支度を整え始めた。捲っていた袖を丁寧に広げてからジャケットを着込み、鞄を肩に引っ掛ける様子をじっと見つめる。一挙一動全てがまるで映画のワンシーンのように様になっていて、こんななんでもない動作まで見惚れる程綺麗に映ってしまうなんて、やはり黄瀬君は凄い。軽く前髪を手ぐしで梳いてから、「帰ろっか」と僕の腕を軽く引いて駅までの帰路を一緒に歩く。

「それにしてもいきなり会いたいだなんてどうしたんスか?もしかして何か俺に相談したい事とか?恋愛相談なら任せてほしいっス!」

「違います。相談したい事がある訳ではないです」

「なんだあ。ついに黒子っちにも春が来たのかとちょっと楽しみにしてたんスけどねえ」

「ただ黄瀬君に会いたかっただけです」

「…えっ?」

「直接顔を見たかったんです。だから特に用がある訳ではなくて。すみません」

「え、えっ?!なになになに黒子っち急なデレ期?!やっぱり昨日からなんか黒子っち変っスよ!」

一気に顔を朱色に染めた黄瀬君が、わたわたと慌てながら僕を見る。その珍しい表情にトクリと胸が高鳴り、もっと近くで見てみたくて、黄瀬君の手を握って自身の方へ引き寄せた。急に引っ張られるとは思っていなかったのだろう黄瀬君はガクンと僕目掛けて体勢を崩した。普通よりも非力な僕の力では倒れてきた黄瀬君を支える事は出来なくて、覆いかぶさられた状態で一緒に道路に転がった。

「うわあ?!ごっ、ごめん黒子っち!潰しちゃった!すぐに退くから!」

「黄瀬君」

青ざめた黄瀬君が急いで僕の上から退こうと両手を僕の顔の両側の地面についた。けれど離れていくよりも早く僕はすぐ間近に迫っていた黄瀬君の顔を両手で挟んで動けないように固定した。初めて触れた黄瀬君の頬はとても滑らかで柔らかくて、同じ男のものとは思えない程にきめ細かい。見開いた両目のまま動かなくなったその頬を親指だけを動かして小さく撫でると、面白いくらいに黄瀬君の肩が跳ねる。

「な、なっ、なっ?!」

再度顔を赤くした黄瀬君は、ぱくぱくと口を開閉させる。こんな道路のど真ん中で僕はいったい何をやっているんだろう。早く黄瀬君から離れて立ち上がらなければ。そう思ってはいるのに、体は思考とは正反対にピクリとも動かない。ただじっとすぐ間近にある美しく染まった顔を眺めていた。ここがあまり人の通らない脇道で良かったと頭の片隅で思う。
黄瀬君に恋慕を抱いていると気づく前であれば絶対こんな事はしなかったのに。好きな相手が、焦がれてやまない相手が少し手を伸ばせば触れられる距離にいると思うとどうしてもこの熱から離れられなかった。ずっと僕が触れる事は許されないと、出来ないと思っていた相手であるから、尚のこと、堪らなかった。今僕が触れているのは黄瀬君なんだ。

「くろ、ち、あの」

「どうかしましたか」

「いや、あの、えっと」

これでもかと眉を下げた黄瀬君が、耳まで赤くして頼りなく言葉を発する。混乱しすぎて訳が分からなくなってきたのか、じわりと美味しそうな蜂蜜色の瞳が潤んできた。その零れ落ちそうな雫も、噤んでしまった形のいい唇も、赤くやわい頬も、全てが美味しそうに映った。駄目だ、だめだ。これ以上はいけない。僕はこんな事をする為に、今日黄瀬君に会いに来たわけではないんだ。

「―――冗談、です」

「……へ?」

気付かれないようにそっと息を吐き、五月蝿い心臓を落ち着かせてから黄瀬君の両頬を摘んで引っ張る。軽く笑いかけると黄瀬君の瞳が間抜けに見開いた。

「黄瀬君の反応が面白くてついからかってしまいました」

「…、な、なんらー、よはっはぁ」

僕に頬を引っ張られている所為で黄瀬君が何を言っているのかよく分からない。多分、なんだー良かったあ、だろうか。あからさまにホッとした様子でふにゃりと強ばっていた顔を崩すと、のそのそと立ち上がって僕の手を引っ張って立たせてくれた。

「黒子っちってあんまりこういう冗談言わないから本気にしちゃったっスよお。あー、ビックリしたあ」

「すみません、コロコロ変わる表情が見ていて楽しくて」

「そんなに俺って表情豊か?」

「はい。飽きないですよ」

それからバスケの事や、お互いの学校の事など、他愛のない話を沢山した。少しでも長くこの時間が続いて欲しいとわざと歩幅を小さくゆっくり歩けば、何も言わずに黄瀬君もそれに合わせてくれた。テストの話、先輩の話、黄瀬君のモデルの仕事の話、そして中学の頃の話。話し上手な黄瀬君との話題は尽きず、お互いの近況を話し合う。
話の流れで家族の話題になった時。チラリと覗いた黄瀬君の横顔は微笑んでいる筈なのに、その瞳は深くて暗い海の底を思い出させるような色を含んでいて、あれ、と声には出さずに首を傾げた。

「ねえ、黒子っち。もし、ほんとにもしもの話なんだけどさ」

いつもの人好きのする屈託のない笑顔ではない、どこか影のある笑顔で唐突に振り返った黄瀬君。固く握られている手を見て、思い出す。

「もしも俺が死んだら、そしたら黒子っちは悲しんでくれる?」

この会話を僕はよく覚えている。初めて聞いた時は何を聞かれているのか分からなくて、黄瀬君の手を掴むことしか出来なかった。

「…泣いて、くれる?」

部活終わりの沈みかけた赤や黄や紫の混じった様なグラデーションの美しい空に、儚く風に揺られているその黄金色は溶けて消えてしまいそうで。やっぱり僕は、無意識にまたその手を掴んでしまった。思っていたよりも随分と細く簡単に折れてしまいそうな、小さく震えている黄瀬君の腕。

「…黄瀬君は、自分の未来を知っているんですか」

「…え?」

黄瀬君が事故に遭う前日の二次会の後。瞬き1つの本当に一瞬、黄瀬君は泣きそうな顔で笑っていた。あの時はすぐにいつもの明るい表情に戻った黄瀬君を見て気の所為だろうと思ってしまった。けれど、気の所為でも見間違いでもなかった。全く同じ顔で微笑んている黄瀬君は、泣いていない事が不思議なくらいに辛そうだ。

「教えてください。黄瀬君は、どこまで知っているんですか」

「どこまでって…」

「キミが助かる方法は、ないのですか」

「っ!」

黄瀬君が息を飲んだのが分かった。足を止めて信じられないものを見るように僕を凝視する。

「な、に。どういう事…?黒子っちは何を知ってるの?」

「先にキミの話を聞かせてください。黄瀬君は自分の未来を知っているんですか?」

混乱に歪んだ顔を暫く無言で見つめ返すと、震える唇が開くのがスローモーションのように見えた。

「…知ってる。全部じゃないけど、最後だけは」

「最後…」

「遠くない未来、俺が車に轢かれて死ぬって事だけは、分かってる」

「…それは、その未来を変えることは、回避することは出来ないのですか」

「無理かな。絶対に、無理だと思う」

「どうして…」

自嘲を含んだ笑いを零す黄瀬君は、苦しげに眉を寄せた。

「俺、昔から親しい人の最後を夢で見る事があって。事故死でも、病死でも、その人の最後の瞬間だけ夢で事前に知ることができる。これも予知夢って言うのかな」

「…いつから、予知夢を見るようになったんですか?」

「んー、分かんない。物心ついた時から見えてたから。でも予知夢だって理解したのは、小学生の頃。クラスで大切に世話してた兎が脱走してすぐに学校の校門前で車に轢かれるって夢を見て、数日後夢の通りになった。仲の良かった友達、近所のおばさん、親戚の子、それから…俺の1番上の姉も、夢で見た光景そのままの最後だった」

「黄瀬君の、お姉さんが…。何か助かる方法は」

「ないよ。俺だって何度も変えようとしたよ。何度も何度も助けようとした。でも駄目だった。間に合わなかった。もうどうしようもないんだよ」

そう言って、黄瀬君は泣きそうな顔で無理やりに笑顔を作ろうとする。

「俺が死ぬ運命も、絶対に変えられない」

作るのに失敗した歪な笑みが、痛々しくて悲しい。もう黄瀬君は諦めてしまったんだろう。何度も助けようと走り回って、でも助ける事はできなくて。疲れて、しまったんだ。

「…それで、黒子っちは?どうして俺が死ぬって、知ってるの?もしかして黒子っちも俺と同じだったりする?予知夢みたいなものが見える、とか」

「…僕のは、予知夢では、ないと思います。すみません、自分でもまだよく分かっていなくて、説明ができないんです。寧ろ僕もなんで分かるのか、説明してほしいくらいで」

「どういう事っスか?」

「急に脳内に映像が流れてきた…みたいな…?」

「疑問系スね…。もしかしてそれ、昨日の帰り道の事だったりする?」

「はい、そうです」

「やっぱり。だから昨日あんなに情緒不安定だったんスね。それ聞いて納得したっス」

黄瀬君はスッキリしたぁ、と言いながら片手で握り拳を作って、もう片方の掌にぽん、と乗せた。それから少し考える素振りをして、うんうんと唸り始める。何を考えているのだろう。

「うーん、その映像って、どんな感じだったか、聞いてもいい?」

「…黄瀬君が、子供を庇ってトラックに轢かれる、映像でした」

「…そっか、俺と同じだ。てことは黒子っちも予知夢に目覚めたのかも?いや、寝てる間に見てはなかったから、予知夢って言わないのかな?」

「どうでしょう…」

僕のものは、未来予知とかそういう類のものではないだろう。どちらかというと僕自身が過去に戻ってしまった感じだ。分かってはいても、それは言わない事にした。

「黄瀬君はどのくらい詳しく見れるんですか?」

「死ぬ直前と直後の映像が数秒だけ見れる感じっスよ。だから予知夢を見てから何日後の事なのかは分からないし、時間だって昼か夜か、くらいしか分からない。早くて次の日、1番遅かったのが2年後とかだったかな。詳しい日時と場所さえ分かれば、もしかしたら助けられるかもしれないけど、毎日片時も離れずに一緒にいるなんてことは不可能だしね」

その黄瀬君の言葉を聞いてハッとした。僕は黄瀬君が今日から何日後に事故に遭うのか知っている。時間だって場所だって、詳しく分かる。じゃあ、それなら。僕には黄瀬君を助けられる可能性がまだ残っている…?

「…駅、着いちゃったっスね。今日は話聞いてくれてありがとう。誰にも話せた事なかったから、聞いてもらえてちょっと気持ちが楽になったっス」

「黄瀬君…」

「でも、出来れば今日聞いたことは忘れてほしいな。黒子っちが見たものと一緒に、忘れて。覚えていても、お互い辛いだけだし。ね?」

今日だけで何回見たか分からない悲しい笑顔。軽く手を振りながらホームに降りていく黄瀬君に、小さく手を振り返す。

黄瀬君の話が聞けて良かった。おかげで僕は黄瀬君を助けられるかもしれない1つの方法を思いついた。誰でも思いつけるだろう、単純な方法。
キミを守れる可能性が少しでもあるのなら、僕はどうなっても構わない。僕に向かなくてもいい。太陽のような、暖かくて愛しいキミの笑顔を守れるのなら。この命なんて惜しくない。キミの存在は何者にも変えがたい尊いものなのだから。



*****



「黒子っち!!」

求めて止まない声が僕を呼んでいる。聞いたこともないような、悲痛な叫びで呼ばれている。振り向けばやはり、そこには好きで、大好きで、愛しい黄瀬君の姿。どこから走ってきたのか、いつもは小綺麗に整えられている金色の柔らかな髪は乱れていて、汗で顔に張り付いていた。必死な面持ちで僕の目の前まで来ると、痛いくらいに強く肩を掴まれる。

「黄瀬君。わざわざ誠凛まで、どうしたんですか?」

「もしかして黒子っち何かした…?!」

部活が終わり、帰ろうと校門を出たところで黄瀬君に捕まった為に、若干周りの視線が痛い。無言で立っているだけでもとても周りの目を引く容姿をしている黄瀬君が、必死な形相で僕を問い詰めていれば、注目が集まるのも必然なのだけれど。

「何か…とは…?」

「分かんないっ、分かんないけど!兎に角黒子っちが何かしたとしか考えられない!」

ここでは落ち着いて話せないからと、興奮状態の黄瀬君の手を引いて一旦学校に戻ることにした。あまり人の通らない裏庭に案内して、静かに震えている黄瀬君を振り返る。

「…また未来を見たんですか?どんな、未来でしたか?」

「……黒子っちが…、黒子っちが死んじゃった未来……俺の、死ぬはずだった場所で、俺の横で…っ!」

「そうですか。黄瀬君は無事なんですね、…よかった」

「全然良くないよ!やっぱり黒子っちなの?!やめて!!お願いだから!!」

「…実は僕、黄瀬君がいつ事故に遭うのか、詳しく知っているんです。日時も場所も、どちらも。だから昨日黄瀬君から話を聞いて思ったんです。黄瀬君より早く逃げ遅れてしまった子供を庇えば、キミを助けられるんじゃないかって」

「…やめて…、やめてよ…」

「当たっていたみたいですね」

「黒子っち自身を身代わりにされても嬉しくない!もう嫌なんだよ!無力な自分がずっと嫌いだった!早く死ねばいいってずっとずっと思ってた!死にたかった!そんな俺なんかのために、やめろよ!!」

ボロボロと大粒の涙が黄瀬君の頬を流れていく。嗚咽を漏らしながら、いやだ、やめて、と首を左右に振り続け、とうとうその場にしゃがみこんでしまった。

「…もう…大好きな人がいなくなるところなんか…見たくないんだよ、…お願い、お願いだから…」

「黄瀬君」

力なく座り込んでぐずぐずと洟をすする黄瀬君の眼前で僕も同じ視線の高さになるようにしゃがみこむ。流れ続けて止まらない涙を拭うように頬を撫でれば、ゆっくりと黄瀬君が顔を上げてくれる。

「好きです。愛してます、黄瀬君」

涙で濡れた瞳がこれでもかと見開かれる。どんな宝石よりも綺麗な琥珀色の瞳に夕陽が反射してキラキラと輝いていて、とても幻想的だった。溢れて出てきた涙が、その輝きを更に美しく反射させている。

「どうか、赤司君と幸せになってください」

心の底からの僕の想い。願い。
ぐしゃりと顔を歪ませた黄瀬君は、大きく顔を左右に振る。

「やだ、やだ嫌だ、やだよ、無理だよ、黒子っちがいないのに幸せになれる訳ない!!」

ああ、泣かないでほしい。ただ僕は、キミに笑顔で生きていてほしいだけなんだ。どちらかが死ななければいけないのなら、僕は一切迷わない。また黄瀬君を失うことのほうが耐えられないんだ。

「僕はキミが幸せでいてくれれば、笑っていてくれれば、それだけで嬉しいんです」

「そんなに…そこまで俺を好きで居てくれるんなら…、どうして、一緒に生きたいって、思ってくれないの…」

その問いに、僕はくしゃくしゃで下手くそな笑みしか返すことが出来なかった。




紅葉の葉が、鮮やかに色づこうとしている




「…赤司っち、ごめんね急に電話して」

「いや、構わないよ。それで涼太、どうしたんだ?」

「…、あのね、俺と、別れてほしい」

「……は?」

「赤司っち、俺と別れて」

「何を言っているんだ…?」

「俺、黒子っちが好きになっちゃったんだ。だから、別れてほしい」

「涼太」

「ごめんね」

「涼太!」




―――――ごめんね。



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