災難




皆様こんにちは。待ち望んでいないこの時間がまたまたやって来ました。おなじみ帝光中バスケ部所属の黒子テツヤです。前回僕に多大なダメージを与えた3人から逃げるように避け始めて1週間。4限目の終わりのチャイムと共に僕の教室の扉を開け放ったのは今は1番関わりたくないトラウマの中心。泣きそうに顔を歪めても崩れないその美貌を引っさげて、勢いをつけて抱きつかれました。なにやら黄瀬君は僕に相談したい事があるそうで、とても嫌な予感しかしません。今すぐ自分の教室にお帰りいただきたいですねえ。

「黒子っちぃ…俺、もうどうしたらいいのか…」

「…何に悩んでいるのかは分かりませんが、相談でしたら赤司君か緑間君の方が適任だと思いますよ。僕より2人の方が頭良いですし、ほら、ね?きっと真摯に話を聞いてくれますよ」

「だっダメっス!赤司っちと緑間っちの相談だし!本人達に話せるわけないっスよ!」

どうか外れてくれますようにと祈った僕の読みは見事に的中してしまいました。密かに舌打ちを一つ。関わったら大事になりそうな予感しかしないこの話題に僕を巻き込まないでほしい。
僕の横の席の椅子を勝手にガタガタと動かし、真横に持ってきて座り始める黄瀬君。まだ相談を聞くだなんて言っていないのに、どうやら僕を逃がしてはくれないようだ。ない耳と尻尾をペタンと折り曲げた様子でポツポツと今までの黄瀬君争奪戦のあらましを話し出す。とは言っても不本意にも殆ど既に知っている僕は相変わらずの死んだ魚の目で黙って適当に相槌をうって聞いている振りをした。先週の部室での攻防戦まで話し終えて、顔を赤くしたり青くしたり忙しい黄瀬君がとうとう机に突っ伏した。

「それで、昨日もお昼食べに行こうとしたら2人に捕まって屋上で3人で食べる事になったんだけど、食べるのそっちのけでずっと両側から…く、口説いてくるんスよ…あんなのもう一種の拷問だって…ご飯が喉を通るわけない…」

「ああ、それで今日は僕のところに逃げてきたんですか。確かにそれは食べずらいでしょうけれど」

「2人のどっちかを選ぶなんて無理っスもん。そもそも俺普通に女の子が好きだし、2人は大事な友達だし…。でもそう言っても聞く耳持ってくれないし…もうどうしたらいいんスか…」

取り敢えず僕から黄瀬君に言えることはあの色々と面倒そうな赤司君と緑間君に狙われてしまった以上、「さっさと諦めた方が楽になれますよ」という事だけなのですが、それをズバリと言ってしまうのは流石に可哀想です。どうしましょうかねえ、と黄瀬君と首を傾げて考えていた時、妙案が1つ、豆電球を光らせながら浮かび上がった。

「黄瀬君にあの二人以外の好きな相手が出来れば諦めるんじゃないですか?取り敢えず嘘でもいいんで」

「好きな相手…確かに!」

僕の案にそれだ!と表情を明るくさせた黄瀬君がキラキラとした瞳でこちらを見る。その頭をわしゃわしゃと優しく撫でながら、言い聞かせるように言う。

「ちなみにその好きな相手は女子ではダメですよ。あの二人には効果はないと思うので」

「じゃあくろ」

「僕は絶対にやめてくださいね。僕を選んだら黄瀬君と絶交します。まだ命が惜しいので」

「えええ〜そんなあ…こんな事他の誰に頼めば…」

「青峰君なんて丁度いいんじゃないでしょうか?」

今の僕の顔は黄瀬君の仕事用爽やかイケメンスマイルにも負けないほどに爽やかさMAXだろう。いや、胡散臭い、の方があっているかもしれない。

「…黒子っちの全開笑顔初めて見たっス。なんか背後に黒いオーラぷんぷん漂ってるけど」

「おやなんのことやら」

確かにまだこの前の事を全て許したわけではないですけど、それとこれとは関係ないですよ。ええ、全く関係ないです。そういえば丁度いい感じに頑丈なのがいたなぁと思い出しただけで。あの時の僕の気持ちを思い知れだなんて事はこれっぽっちも。

「さっそく今日の放課後に実行してみましょう。僕もミスディレクションして近くで見てますから」

「黒子っちからわくわくって擬音が聞こえてきてる気がするっス…」

「気のせいですよ気のせい」

「実行って、具体的にはどうすればいいんスかね…2人に青峰っちが好き!だから俺のことは諦めて!って言えばいっスかね?」

「それだとあまり効果はないような…。赤司君なんかは『好きなだけで、まだ黄瀬の片思いなんだろう?付き合っていないのなら関係はないよ。青峰よりも俺の事を好きにさせるまでだ』とか言いそうですし」

「うわあ…すっごく言いそう…ていうかその光景が簡単に想像出来るっスわ…」

「緑間君も『ライバルが1人増えた事ぐらいどうって事ないのだよ。元よりお前が青峰に憧れてバスケ部に入ったくらいに特別視している事は知っている。人事を尽くしている俺がやつに劣るとは思わない』とか…え、なんか僕2人の心情理解しすぎじゃないですか…?何だかショックです…」

「ほんとに言いそうで黒子っちなんか凄いっスね…」

2人の台詞をすぐに思いつく自分に鳥肌が立ちながらも、何とか持ち直して諦めてくれそうなシチュエーションを考える。そのまま伝えるのは絶対に効果は無いだろう。何か、2人が手を出せないような、出しづらいような、そんなシチュエーションはないものか。
考えに耽っている僕の視界に、黄瀬君が勝手に椅子を借りている席の机が映る。机の上には可愛らしいイラストの男女が仲睦まじく抱き合っている表紙の本が数冊置きっぱなしにされていた。

「黄瀬君、ちょっとそこの机の上にある漫画を取ってくれませんか」

「え?あ、うん。はいこれ。…少女漫画…?」

後で断ればいいだろうと勝手に漫画を拝借する。やはり思った通りにそれは少女漫画のようで、もしかしたら使える場面があるのではないかという藁にもすがる思いでパラパラとページを捲ってみた。暫く無言で漫画と睨み合っていると、そのページはあった。

「…!黄瀬君、これでいきましょう…!」

「ええ、これっスか?タイミングとか難しそう…ていうか俺1人じゃどう頑張っても無理だって」

「大丈夫です。提案したのは僕ですから、このくらいでしたらお手伝いしますから。これなら赤司君も緑間君もきっと何も言えませんよ!」

「うーん、黒子っちがそこまで言うなら」

あまり乗り気ではなさそうな黄瀬君を何とか説得して、詳しい打ち合わせと時間を決めてから、チャイムと共に黄瀬君は自分の教室に帰っていった。

そして、部活を終えた放課後。決行する為に何とか赤司君と緑間君を部室に引き止め、黄瀬君には青峰君を連れて体育館裏へと行ってもらった。少しして、僕の携帯が1回だけコール音を鳴らす。黄瀬君からの準備OKの合図だ。

「あ、ありました僕の家の鍵。お騒がせしてすみません。一緒に探してくれてありがとうございました」

「そうか。いや、あったのなら良かったよ」

「全く人騒がせなのだよ。だいぶ時間をとられた。次からはちゃんと鞄の奥にしまっておくのだよ」

「はい、すみません。では帰りましょうか」

「そうだね」

失くしてなんかいない家の鍵を、今見つけたという風に2人に見せてから、さっさと立ち上がって帰る準備を始める。2人を引き止める為にとっさに鍵を失くしたと嘘をつき、今まで一緒に探してもらっていた。律儀にも2人は真剣に探してくれていてちょっと罪悪感が襲ってきたけれど、黄瀬君と僕の平和の為には仕方の無いことだ。脱いでいた制服のジャケットを羽織り、鞄を肩に引っ掛けて3人で部室を後にする。下駄箱で靴に履き替えてから正門を目指していたところで、ここからまた僕の仕事だ。

「あれ、今黄瀬君の声が聞こえてきませんでしたか?」

「黄瀬?いや、俺には聞こえなかったが」

「俺にも聞こえてこなかったのだよ」

「聞き間違いでしょうか?確かこっちの方から黄瀬君に似てる声が聞こえてきた気がしたんですが…」

そう言いながら進行方向を変えて体育館裏の方を目指せば、赤司君と緑間君も何も言わずに着いてきてくれた。黄瀬君のネームバリュー効果は2人には抜群すぎて怖いくらいです。
体育館裏に着いて黄瀬君と打ち合わせした場所に顔だけ覗かせれば、そこには黄瀬君と青峰君が向き合って立っていた。すかさず自分の携帯を取り出して、黄瀬君へ電話をかける。ワンコールですぐに切れば、その合図に黄瀬君が動き出す。真剣な顔で口を開く黄瀬君を、僕の後ろにいた2人も視界に入れた事を確認してから、後は上手くいくように祈るしかない。

「青峰っち…っ!俺と付き合ってほしいっス!」

「……ん?」

「……は?」

すぐ後ろから、とてつもなく冷たい地鳴りのような2つの声が聞こえてくる。一瞬にして背後の気温がマイナスまで下がったような錯覚がして、怖くて振り向けない。僕から手伝うと言っておきながら、若干後悔しつつあります…。どうか僕に被害が来ませんように…。

「あー、まあいいけど」

「ほんとっスか!やった!」

「おいくっつくんじゃねえよ暑苦しい」

「えーいいじゃないスか〜嬉しいんスもん」

青峰君の返事に嬉しそうに黄瀬君が抱きついた。それはいつもの光景ではあるのだけれど、前後の会話を聞いたあとでは2人に多大なるダメージを与えたようで、黄瀬君と青峰君が仲良く帰って行っても、その場からピクリとも動かなかった。元気な声を響かせていた黄瀬君が居なくなった体育館裏はとても静かで、僕を含めてその場に3人いるというのに少しの物音すら立つことはない。そんな放心状態の2人に話しかけるだなんて事は僕にも流石にできなくて、どうしようかと悩む。
さっきの黄瀬君の告白は、勿論嘘だ。嘘というか、告白ですらない。僕達が聞いた会話より前で、帰り道にあるストリートで1on1に付き合ってほしい、とちゃんと黄瀬君は青峰君に言っているのだ。加えて付き合ってくれたらコンビニで何か奢る、とも。その後の会話のみを2人に聞かせるように小細工したら、びっくりするくらい上手くいってしまったようで、赤司君も緑間君も、黄瀬君と青峰君が付き合いだしたと完璧に信じきっている。

「……緑間」

「……ああ」

「…あ、あの…?大丈夫ですか…?」

やっと言葉を発したと思ったら、2人ともその一言をぽつりと呟いただけでまた口を閉じてしまった。けれど正門に向かって歩き出してくれたので、帰ってくれるのだろう。無言の時間は5分も無かったと思うけれど、半日程経ったのではないかと思ってしまうほどに長く感じた。何だか元気も覇気もない2人の背中を、僕は眺める事しか出来なかった。


次の日の放課後。黄瀬君にメールで呼び出されて一緒に帰ることになり、途中の公園で仲良くベンチに腰を降ろした。

「やばいっス黒子っち。効果てきめんすぎてビックリっス!」

「えっと、つまり?」

「今日1日赤司っちにも緑間っちにも口説かれなかったっス…!2人きりとかにもならなかったし、むしろ5m以内にすら近づかれなかった気がする…!」

そう興奮気味に僕に報告してきた黄瀬君がなんだか懐かしいです。あれから1週間後の今日、同じ時間の同じ公園のベンチに2人で座って、元気のない黄瀬君の話を聞くことになっていた。けれど中々話そうとしない黄瀬君は俯いて地面を一点に見つめている。理由は何となく察してはいた。この1週間、赤司君と緑間君があからさまに黄瀬君を避けているからだ。友達に戻れると思っていた黄瀬君は、他人より距離のある今の状態に悩んでいるのだろう。
実はその事について丁度昨日、2人に直接聞いてみていた。赤司君からも緑間君からも、返ってきた言葉は殆ど同じで、「黄瀬が選んだ幸せならそれでいい。敗者は潔く諦める決まりだったからな。だが、すぐに前のような友人には戻れないから、自分の気持ちが落ち着くまで距離をとりたい」らしかった。確かにその気持ちも分からない訳ではないけれど、今隣でとても落ち込んでいる黄瀬君を見てしまうと、どうにかしてあげられないだろうかと思ってしまう。

「…黒子っち、俺赤司っちと緑間っちと話したいよ。ずっとこのままなのかなあ」

「…それは…どうでしょうか…」

「こんなことになるなら前の方が良かったっス。2人に避けられるのめちゃくちゃ辛い…」

涙で潤んできた瞳をゴシゴシと袖で拭いながら黄瀬君が呟く。今の状態を解決する事は、出来なくはない。けれど。

「あの告白は嘘で1on1の事だった、と2人にネタばらしすれば、多分前の2人に戻ってくれると思います。…けど、そうするとまた黄瀬君の争奪戦が再開してしまうと思うんですが
…」

「やっぱり、それしかないっスよね。でも、これが続くくらいなら、どんな形であれ一緒にいれて、話せる距離でいられる方が断然いいっス」

「…そうですか」

答えの出たらしい黄瀬君は、僕にお礼を言うと手を振って帰っていった。どこかスッキリした顔をしていた黄瀬君に安堵しながら、僕も帰路についた。



*****



「黄瀬、ストレッチ俺と組もう」

「え?あ、はいっス」

「待て、俺と組むのだよ黄瀬」

「えっ」

「先に誘ったのは俺だよ」

「そんな事は関係ない。黄瀬が組みたい方と組めばいいのだよ」

「えっ?!いや、えっと、…うう〜、あ、青峰っちい〜!!!俺と組んでほしいっス!!」

「ばっかおまっ、まじでふざけんなよ!こっち来んな!」

あれからすっかり元の関係に戻った黄瀬君達は、場所を顧みずにイチャイチャするようになった。それに青峰君に一度黄瀬君を取られたと本気で思っていたからか、2人揃って青峰君に対してとても攻撃的になってきてもいた。それに関しては僕はもっとやれ精神なのでどうでもいいのだけれど、最近、少し気づいたことがある。赤司君と緑間君と仲直りしてからというもの、黄瀬君が2人へ向ける視線がなんだか前より柔らかくなった気がするのです。この変化がいいものなのは分からないですが、楽しそうな3人を見れば多分いい事なのだろうな、と思う。もちろん僕に被害が及ばない事が前提条件としてありますが。

黄瀬君を囲んでもみくちゃになっている皆を見ながら、僕も休憩を終えてコートに入っていった。




─END─

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