01

無常の風は時を選ばず



「ねえ、黒子っち」

今思えば、あの時には既に黄瀬君はこの未来を知っていたのかもしれない。

「もし、ほんとにもしもの話なんだけどさ」

いつもの人好きのする屈託のない笑顔ではない、どこか影のある笑顔で唐突に振り返った黄瀬君。その手は固く握られていて。

「もしも俺が死んだら、そしたら黒子っちは悲しんでくれる?」

微笑んでいる筈なのに、その瞳は深くて暗い海の底を思い出させるような色を含んでいて。

「…泣いて、くれる?」

部活終わりの沈みかけた赤や黄や紫の混じった様なグラデーションの美しい空に、儚く風に揺られているその黄金色の人物は溶けていなくなってしまいそうで。

思わず、その手を掴んでしまったんだ。

小さく震えていた、思っていたよりも随分と細く簡単に折れてしまいそうな腕を。




気付いてからでは、何もかも



中学で出会い、別れ、高校でまた再会し良きライバルとして切磋琢磨し合い、深く絆を結び直した僕達は、早い事で来年には大学も卒業する年になっていた。
青峰君と火神君はそれぞれ推薦を貰った大学へと進学し、緑間君は医大、紫原君はお菓子の専門学校、黄瀬君はモデルだけに留まらず俳優の仕事もする様になった関係で進学はせず、赤司君はというと2年飛び級で既に大学を卒業していて、今は家のお仕事の一部を任されているらしい。僕は良くも悪くもない大学へと進学し、バイトをしながら夢の小説家を目指していた。
中高とキセキの世代と呼ばれた僕達の中でバスケを続けたのは奇しくも青峰君だけで、チームの違う火神君と良く競い高め合っている。NBA選手という夢は、そう遠くない未来だろう。
高校は関西にいた赤司君と東北にいた紫原君は今は関東に戻ってきていて、みんなの予定が会う時はストリートで集まってバスケをするくらいには関係は良好に続いている。バスケ以外でも年末年始や誰かの誕生日、イベント事がある時にも誰かしらが声を掛けて集まったりしていた。
その殆どは多分僕らの中で一二を争う程多忙だろう黄瀬君で、イベント事や誕生日会など率先してみんなに連絡を送ってくれる。次に多いのは意外にも赤司君で、高校の頃に比べたら随分と柔らかく昔の様に砕けた笑顔を見せてくれるようになった彼は年末年始や軽い旅行などの企画を立案してくれるのだ。多忙を極めるトップ2人からの提案を断る者は少なく、寧ろ殆ど予定が合わないかぎり不参加な人はいなかった。
桃井さんや高尾君、氷室さんも交えた10人という中々の人数で集まる事が大抵だが、そこにかつての先輩方や同級生、果ては後輩までも加わったいっそ祭りでも始めるのかと言うほどの大人数で集まる事もあった。その場合はいつも赤司君が貸切にした大きい体育館でのバスケ大会になるのだが。くじ引きでチームを決め、優勝チームにはささやかながらちゃんとご褒美も用意しているよ、という赤司君の言葉に、毎回これのどこがささやかなんだ、と顔を見合わせて渋い顔をするのは恒例行事のようになってしまっていて、それすらも楽しくて笑顔が溢れるのだった。

その日も赤司君主催のバスケ大会が程なく開かれ、いつもの様にくじ引きでチームを決めたらいつもはいい具合にバラけていた僕達が纏まって同じチームに決まった。
1チーム6人、赤司君、緑間君、紫原君、青峰君、黄瀬君、そして僕。
流石にこれは、と赤司君も引き直そうとした所で周り(主に火神君)から面白いからそのままで行こうと押され、何だか懐かしいチームのまま決行となった。昔を思い出してこそばゆい様な嬉しい様な、そんな珍しく少しだけ浮ついた気持ちで、でも負ける気は毛頭ない負けず嫌いな僕達は、離れていた期間などないような、寧ろずっと同じチームで協力し合っていたような完璧なチームワークで優勝をもぎ取った。
初めから目を使う赤司君に、ゾーンを惜しみなく使う青峰君、空中で貰ったパスでどんどん3Pシュートを決める緑間君、時間の伸びたパーフェクトコピーを巧みに使いどのポジションも完璧にこなす黄瀬君、そんなみんなに感化されていつになく本気モードな鉄壁守備な紫原君。流石に大人気ないとは思いつつも、僕もつい楽しくて本気でやってしまい、死角なんて何処にもない僕達が負ける筈はなく、大会後半は若干ブーイングまで上がる始末だった。少しは手加減しろよ、との周りから言葉に全員顔を見合わせてから破顔した。可笑しくて、楽しくて、幸せで。
笑顔の絶えない大会のあとはいつもの様にこれまた赤司君が予約した店で二次会を開いて、お開きの時間になる頃にはみんな笑い疲れてしまっていた。赤司君の締めの言葉のあと、バラバラと帰宅の用意を始める僕ら。また次回楽しみにしてる、と帰る間際全員に声をかけられていた赤司君はあどけない笑顔で次はいつにしようか、なんて楽しそうにしていた。緑間君はそんな赤司君に負けないくらい穏やかに微笑んでいて、青峰君も紫原君も黄瀬君も、勿論僕も皆の顔が見えなくなるまで笑顔だった。
ずっとこんな日が続けばいいね、そんな黄瀬君の言葉に背中をバシッと強く叩きながら当たり前だろ、と青峰君が返す。

その時一瞬だけ、瞬き1つの本当に一瞬。黄瀬君が泣きそうな顔で笑った。誰にも気づかれないようなそんな一瞬を偶然目にした僕は、すぐにいつもの明るい表情に戻った黄瀬君に安堵して、気の所為だろうと思うことにした。



そして次の日。黄瀬君は帰らぬ人となった。




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