変化





正門前で立ち尽くす、遠くからでもそれが誰なのか分かってしまう赤い髪。時折周りを見渡しては小さくため息を付いている姿を、少し離れた所から眺める。誰かを探しているのだろう。それが誰なのか、何となく、分かった。

「黄瀬」

見つからないように通り過ぎて行きたかったが、正門前に立たれては隠れる場所なんて見つからず、結局そのまま気づいてくれるなと祈りながら門を潜るしかなかった。しかしその祈りは全く意味を成すことはなかった。頭一つ程飛び出た金髪を視界に入れた途端に、安堵したような顔でこちらに来ようとする。

「良かった。まだ登校してなかったようだな」

「…赤司っち」

やはり赤司の探していた相手は黄瀬だったようだ。険しい顔になっているだろう黄瀬に構わずにしっかりとした足取りで黄瀬の前に立つ。どこまでも真っ直ぐで逸らすということを知らない深い赤色の瞳が、ゆっくりと黄瀬を見上げた。

「話がしたい。朝練前に、少しでいいんだ。時間をくれないか」

「…昨日も言ったけど、俺もうなるべく赤司っちと顔を合わせたくないんだよね。だからごめん、無理っス」

話す事なんてもうない。これ以上俺を苦しめてなんになるの。赤司の目を見れずにそれだけを告げて、目の前に立つ赤司の横を通り過ぎる。赤司を視界に入れなければ、諦めて朝練に向かってくれるだろう。そう思った。わざわざ嫌いな人間と話す必要なんかない。けれど後ろから伸びてきた手に手首を捕まれ、強引に何処かに引っ張られる。会話のキャッチボールが無理だと悟ったらしい赤司はらしくもなく実力行使に出たようだ。

「ちょ、と!離してよ赤司っち!やだってば!ねえ!」

ずんずんと大股で前を歩く赤司に話しかけても、振り向く事すらしてくれない。握る手首の力を少しだけ強めた赤司はただ前だけを見て歩いている。話を聞く気がないと分かるその様子に段々と怒りがこみ上げてきて、掴まれた手首を力一杯に振り上げた。

「こ、の…!嫌だって言ってんだろ!」

離れていった赤司の手が再度自分に届かないように数歩後退る。わななく口を固く閉じて落ち着かせ、赤司を睨みつける。ぱちぱちと目を瞬かせて驚いている、いつもより幼く見える姿が目に入った。

「…黄瀬、俺は」

「聞きたくない!!」

赤司が言葉を紡ぐ前に耳を塞いで、その場から走り去る。せめてもう少し心の整理がついて、赤司の事を諦められるようになってからにしてほしい。ちゃんと友人としての態度がとれるようになってからトドメをさしてくれないだろうか。
逃げ出した黄瀬をそれ以上赤司は追ってこなかった。

なるべく赤司を視界に入れることは避けたかったのだが、それでも部活をサボるという選択肢は出てこなくて、気づいたら部室の扉の前だった。中に入れば赤司以外の皆がいて、挨拶をしながら着替えていた黒子と青峰にじゃれついた。少し遅れて赤司が部室の扉を開けて中に入ってきてギクリとしたのだが、一瞬だけ黄瀬を見た後、挨拶以外は特に何も言わずに奥の自分のロッカーの前で鞄を下ろしていた。その事に内心ほっとして着替え始めたのに、黒子と一緒に部室から出ようとしたところで後ろからよく通る凛とした声が黄瀬を呼び止めた。

「黄瀬、朝練前に話したいことがある」

振り向けばやっぱり真っ直ぐに黄瀬を見つめていて、間に挟まれた黒子は居心地の悪そうにそんな赤司と黄瀬を交互に見る。他の部員はみんな既に体育館に行ってしまった後だったから、部室にはもう3人しかいなかった。

「あー…、ごめん黒子っち、先に行っててもらっていい?」

「…分かりました。では先に行ってますね」

苦笑しながら頬をかく黄瀬のようすを心配そうに伺いながら、黒子もドアの向こうに消えていった。それを確認して、笑みをさっぱり無くした顔を赤司に向ける。

「他の人がいる時に断れないの知ってて、卑怯スね」

「こうでもしないとお前は俺の話を聞かないだろう」

「負けたっス。話聞くから、もうこれっきりにしてね。暫く放っておいてほしい」

で、俺に話ってなんスか?そうため息混じりに問うと、どこか張り詰めたような空気が赤司の周りに漂った気がした。いつもハキハキとした赤司には珍しく、数秒目が泳いでから覚悟を決めたのか数歩黄瀬に近寄って視線を交わらせる。二人しかいない部室はとても静かで、赤司が深く深呼吸をした音がやけに大きく聞こえた。

「…黄瀬が好きだ。俺と付き合ってくれないか」

「……、は?」

「中学を卒業するまでの間だけ、俺と付き合ってほしい」

まだ未練を捨てきれない黄瀬の願望がいいように赤司の台詞を脳内変換して変えてしまったのか。けれど聞き返しても返ってきた言葉は同じもので、ひたすら混乱した。数日前に黄瀬を振ったのは赤司の方であるのに、どうしてそんな冗談を言えるのだろう。

「ちょ、え?ちょっと待って、この間と言ってること間逆…っていうか、もしかして俺のことからかってる?」

「からかってなんかない。柄にもなく緊張して吐きそうなくらいには真剣だよ」

「うそ」

「嘘じゃない。ほら」

ただ赤司を見ることしか出来ない黄瀬の手を、ゆっくりと赤司の震えている手が掴む。力を入れなくても振り解けてしまいそうな弱さでそのまま黄瀬の手を引いて、自身の胸に当てる。ビックリした。服の上からでもわかるくらいに激しく脈打つ心臓。黄瀬でさえここまで分かりやすく緊張したのは赤司に告白した時だけだった。あの時の断られる恐怖は今でも忘れられない。
何も言えない黄瀬の手を名残惜しそうに離して、赤司が一歩後ずさる。

「返事は今すぐじゃなくていいから考えておいてくれると嬉しい。もう俺からお前に近づくことはしないよ。返事、決まったら教えてくれ。顔を合わせたくなければ軽くメールで一言返事をくれるだけでも構わないから」

人形みたいに作られたような綺麗な笑みを浮かべて、けれどその手は震えたままだった。なんともチグハグな赤司は震えを隠すように強く手を握りしめた。
まるで振られることが決まっているような言葉に眉がよる。どういうつもりで赤司は告白をしたのか。付き合いたいと言って、でも了承されるとは思っていない口ぶり。振ってほしいのだろうか。それとも、本当にただ自信がないだけなのだろうか?あの赤司が?
相変わらず赤司の考えは全く分からない。

「時間を取らせてすまなかった。朝練が始まる時間だ。行こうか」

「…あ、うん…」

鞄の中から練習メニューやら何やらがビッシリと書き込まれたバインダーを取り出して、いつの間にか震えの止まったらしい赤司が扉に手をかけて薄く黄瀬に笑いかける。混乱している所為でまだ頭の回らない黄瀬は咄嗟に返事を返して部活に向かうことにした。

けれどその日1日部活にも授業にも仕事にも集中する事ができず簡単なミスを繰り返した。放課後の部活では具合が悪いと思われたのか、監督に個別メニューが終わり次第帰って休めと言われてしまった。それに反論はせず、メニューが終わった部員達がちらほらと休憩をとり始めている間に黄瀬は大人しく家へと帰った。その後に入っていた撮影でも、メイクさんに元気がないと心配され、カメラマンさんには表情が硬いと指摘されてしまった。なんとかいつも通りのいいものが撮れたけれど、帰りの車の中でマネージャーにも色々と心配されてしまった。これ以上周りに迷惑は掛けたくない。家に着いてすぐに風呂に入ってさっぱりして、ご飯も食べずに自室に篭った。兎に角少しでも頭の整理がしたかった。
赤司の告白を受けるのか断るのか。そもそも、赤司は黄瀬の事が好きなのか、嫌いなのか。一体どちらの言葉が本当なのだろうか。
朝に告げられた赤司の言葉は本心からのものだった気がする。あんなに震えて黄瀬の返事を怖がっている、頼りなくさえあった姿は初めて見た。心臓の鼓動だって、嘘ではなかった。でも京都で言われた言葉だって嘘だとは思えなかった。あんなに冷えた熱のない瞳で、相手にするのが心底面倒だと言わんばかりの淡々とした口調は、ゾッとする程だった。
いくら考えても、赤司の一挙一動を思い出してみても、全く答えは出ない。それどころか更に混乱してきた。正反対すぎる態度と台詞に、別人なのではないかと馬鹿な答えに逃げそうになる。

「…どうしよう…どうしたら…」

それに付き合うとしても、期限付きというのもまた、意味が分からなかった。黄瀬を好きでいてくれるなら、付き合いたいと思ってくれるならどうして中学を卒業するまでという短い期限を提示してくるのか。

「…あーっ!!もう!!!」

ガリガリと頭を掻いて、両手で思い切り自分の頬を叩く。パンっ!と子気味のいい音を鳴らしてそのまま数秒固まり、迷いのない手で携帯を握りしめた。

「決めた」

登録してある1番上の人物をタップして、短い1文だけを打ち込む。送信画面を映す携帯を枕元に置いて、明日のためにさっさと眠ることにした。



‐END‐

7に続く



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