僕は兄が好きだった。

自分と同じ容姿に似ている思考。僕の左目が黄色でなかったら、親でさえ見分けがつかなかっただろう。それ程までに僕達兄弟は何もかもが同じだった。けれど、僕達だけにしか分からない違いもあった。兄は優秀すぎるのだ。勿論僕だって赤司家の名に恥じることの無い能力があると自負している。相手が誰であれ、勝負の内容がなんであれ、僕が負けるイメージは微塵もわかない。しかし兄が相手であれば話は別だ。どれ程己を鍛え直したところで、僕が兄に勝つイメージは少しもわくことはないだろう。頭脳も、力も、兄は完璧に優秀すぎた。それが弛まぬ努力の賜物だと知っているからこそ、僕は心底兄を尊敬していた。自分が勝てない唯一の相手だと。

伝統だかなんだか知らないけれど、僕の家には大昔から可笑しな言い伝えがあった。

―――双子は不吉な事が起きる予兆である。産まれたならば、即座に片方切り捨てるべし―――

それを父親から聞いたのは、僕達が5歳の誕生日を迎えた日。確かに産まれてこのかた、僕ら兄弟が揃って外出した事もなければ、外で人と接触する事も極力禁止されていた。それが普通だと思っていた。僕らに名前がない事にも何の疑問ももたなかった。
けれどそれはおかしな事であると父は言った。隣で一緒に話を聞いていた兄へと視線を持っていけば、そこには初めて見る表情をした兄がいた。悲しそうな、諦めたような、全てを受け入れたような、そんな表情。そして続けて父は言った。

「お前たち自身で決めるんだ。どちらが赤司の名を継ぎ、征十郎の名を持つのか。どちらを切り捨てるのかを」

思わず自分の耳を疑った。父は何を言っているのか。継ぐってなんだ。切り捨てるってなんだ。それは、遠回しにどちらが死ぬのかを決めろと言っている様なものではないのか。何も言えずにただただ父を見上げていると、兄が静かに1歩前に出た。チラリともこちらを見ないその視線は、どこまでも真っ直ぐに父を見つめていた。

「俺より弟の方が全てにおいて優秀です。なので弟がその名を継ぎます。俺を、切り捨ててください」

「―――、は?」




僕は兄が大嫌いだ。





*****




ドスドスと聞こえてくる足音に、本に影を作っていた顔を上げて、ゆっくりとドアに目を向けた。全く隠す気がないのだろうその足音は部屋の前で止まると断りもせずに乱暴にドアを開け放った。予想した通りの人物は、その表情までも想定内だった。
吊り上がった目尻にキツくしわの寄せられた眉間、口は引き結ばれていて、一目で怒っていると分かる顔だ。赤司も、そして征十郎自身もそんな分かりやすい表情を作った記憶がなかった為に、この顔の表情筋はこんなに動くのかと場違いな感想を抱く。

「征十郎」

開けたドアはそのままに、怒気の含んだいつもより低い声が僕を呼ぶ。

「僕に何か用?」

そう白々しく返事を返すと、一層眉間のしわが深くなる。

「黄瀬に何を言った」

「何の事かな?」

「そういうのはもういい。まだとぼける気なら覚悟しろよ」

赤司のくい込むほどに握られた拳をチラリと見てから、征十郎は薄く笑う。

「はは、涼太に避けられでもした?」

「…やはりお前の仕業か」

何もかもが計算通りで、可笑しくて仕方がない。黄瀬が兄を避け出すのも、その理由に気づいた兄が僕の部屋を尋ねてくるのも。まあ相当な馬鹿でもない限り、誰でも分かる結果だとは思うけれど。
心底楽しそうな征十郎を、まるでゴミでも見るかのような目付きで見下す。
ああ、兄のこの顔を久しぶりに見た気がする。少し前までは毎日のように見ていた表情。誰かの所為で見なくなった表情。ゾクゾクとしたものが背中を駆け上がる。やはり兄はこうでなければいけない。

「涼太を振るのが辛そうだったから、代わりに僕が振ってあげたんだよ」

「そんな事頼んだ覚えはない。他の事なら構わないが、黄瀬を俺達の事情に巻き込むのはやめろ」

「巻き込んでほしくないのなら、ちゃんと首輪を付けておけばいい。そういうの得意だろ?」

「お前と一緒にするな」

まるで悲鳴のような甲高い音があたりに響く。その音の発信源である赤司を見れば、割れた花瓶と血塗れた拳。傍にあった花を生けていた花瓶を素手で殴り割ったのだろう。血が出ているのも気にせずに、赤司は割れた花瓶の破片を1つ拾って、赤く染まった破片をゆっくりと征十郎の胸に押し当てた。

「次黄瀬に何かすれば、お前も無傷では済まないと思え」

完全に瞳孔の開いている両目は、真っ直ぐに征十郎を睨みつける。赤司が腕に少しでも力を入れれば簡単に破片が征十郎の胸にくい込むだろう。しかしその状態でも征十郎の顔から笑みが消える事はなかった。それどころかどんどんと深くなる笑みに不気味さを感じる。

「分かったよ。どうせもう今年は外に出られないしね。取り敢えず、交代するまでは大人しくしているから安心してくれていいよ」

取り敢えず、の部分に赤司が何か言いたげな視線を寄越してきたが、それには気づかない振りで破片の握られている手をそっと掴む。

「それで、他に用は?ないのならこの物騒なモノを置いてくれないかな」

ニコリと音がしそうな笑顔を浮かべれば、割れた破片を床に落とし、静かに睨まれる。征十郎の笑みを嫌味と取ったのだろう。そんなつもりは毛頭なく、意味の無いただの飾りのような笑みだったのだが。

「俺達に構わないでくれ。これはお願いではなく、命令だ。忠告したからな」

「それより早く医者にその手を見せた方がいい。化膿する前に手当しないと最悪バスケが出来なくなるよ」

「………」

返答ではない征十郎の返しに小さく舌打ちをして、赤司は上質な絨毯の上に点々と血の染みを作りながら部屋を出ていく。遠ざかる足音を聞きながら、征十郎は自身の机の1番上の引き出しを開けた。

「僕も外に出られるようになったら、あんな風に執着出来るなにかができるのかな」

普通よりも大きな引き出しに、けれど中に入っているのは1枚の写真だけだった。それを手に取り、なぞるように写真に手を添える。写っているのは6人。桃井が撮ったらしい、学食でキセキが揃って楽しそうに食事をとっているだけの、なんてことない日常を切り取った一コマ。

「真太郎、敦、大輝、テツヤ、兄、―――涼太」

最後に呟いた名前だけ、何処か含んでいる空気が違うことに、征十郎自身気づくことはなかった。嬉しそうにお互いのおかずを交換している赤司と黄瀬の姿に少しばかり眉が寄る。イライラして仕方がない。果たしてこれは、どちらに向けた感情なのか。
暫く眺めた写真を元の場所に戻し、静かに閉めた引き出しの音がパタンとやけに大きく部屋に響いた。



‐END‐

6に続く



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