其れだけで、昂る
───ドサ。
ボクは今、彼女の肩を掴んでそっと柔らかなベッドへと押し倒した。自然と見下ろす形になり、これから行う事を想像してはゴクリと生唾を飲む。
「…テンゾウさん…」
「怖くない…?」
「少し、怖いです」
「そっか」
暗部である自分。
気を抜けば、ボクという人格が消えてしまうんじゃないかと思うくらい過酷な日々が続いていた。
そんな場所に身を置く自分が出逢った君は、まるで戦場に咲く可憐な華のようで。灰色だったボクの世界が鮮やかな色で染められていく感覚と共に、世界中の誰よりも強く護りたいと思った。
互いに惹かれた二人の気持ちが通じ合うのに時間は掛からなくて、初めて肌を触れ合う日がとうとう来た。頬を染めて視線を逸らす彼女の姿に堪らなく欲情する。その瞬間ボクは暗部という肩書きから、ただの一人の男となる。
ここで問題が一つ、ボクは誰かに想いを寄せる事がなく生きてきた。
つまり経験がなくて…所謂、童貞だ。
別に童貞を恥じる事はないし、きっと名無しさんも処女だろう。ボクら男とはまるで違う、女という生き物をどうやって触れ、愛でれば良いのか正直分からない。愛を囁く事さえ、きっと困難で。
それでもボクはこの手で、愛しい彼女を抱きたいと強く思う。
「…その」
「ね、名無しさん…ボクの胸、触って?」
「……心臓バクバクですね…」
「君と同じで…ボクも少し怖い。こんなにか細いんだ。壊れてしまわないか、って」
彼女の手を取り自分の心臓へと導く。
平静を装っているが、其処は大きく波打っている。
怖がらせないように優しく頬に触れ、キスを一つ。
「ん…。同じ…じゃあ、安心しました。でもテンゾウさん…私は壊れません。だって貴方はこんなに優しく触れてくれるんだもの…」
「っ…!」
「抱いて下さい…抱いて欲しいです、テンゾウさん」
「名無しさん、そんな風に言っちゃダメだ…」
「どうして…?」
「君のその言葉はボクを煽るんだ。もう、今夜は寝かせてやれそうにもない…」
「で、でも…テンゾウさんになら構わないから」
「…それが殺し文句だってことも気付いてないね。あぁ、一つだけお願いがあるんだ…ボクの事は、テンゾウって呼んで?」
さん、付けなんていらない。
呼び捨てで、名前を呼んで。
テンゾウ≠チて。
其の唇で、其の声で、ボクを。
愛しい君がボクの名を呼ぶ、それだけで気持ちが昂るのだから───
20200709
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