叶えたい夢
夢を見た。
子供のボクがそこにいて、拙い文字でボクに手紙を書いていた。詳しい内容までは分からないけれど、とても大切な内容である事は確かだった。
自身の夢、子供のボクの物とはいえ勝手に中身を見るのは気が引けるけど、それでも気になってしまう。ごめんね!と一言心の中で呟き、そっと後ろから覗き込む。
【ボクへ。ねぇ、此れを読むとき君はどれくらい大人になっているんだろう?ボクには夢があるんです。今のボクは自分の存在価値、生きることに必死で夢を見る余裕なんてない。だから大きくなったら叶えたい事、夢があるんだ】
「……ん」
人は夢を見るが大半は覚えていない、でも今回は覚えていて。
夢の中で、夢を語る子供のボク…
なんか面白いな。
切ない事も書いてあったけど、君の努力が今のボクを成り立たせている。自分の存在価値も居場所だってちゃんとある。人に必要とされているんだ。
身嗜みを整えて任務に出掛ける、Sランク任務を請け負うも気持ちは何処かウキウキ。
どうして?
それは今日がボクの誕生日だから。
名無しさんは毎年盛大に祝ってくれる。誕生日が嬉しいわけじゃなくて、愛しい彼女が祝ってくれる事が純粋に嬉しい。
あ、違った、今は…奥さん。色んな障害があったけど、長年の愛が実り今年の頭にボクと名無しさんは結ばれた。
夫婦になってからの誕生日なんだ、気分だって違う。
何時頃に帰ると聞かれて20時頃と答えたが、早く名無しさんに会いたくて早々に終わらしたのは言うまでもなくて。人間、何か目的があれば凄い力を発揮する。そんな事を思いながら、まだ用意出来てないのに!とむくれる彼女が目に浮かぶ。手伝うよ、といえばダメ!と言われるのはきっとお決まりのパターン。それでも何でもない日常、些細な事がとても嬉しくて。
さて、今日は何を作ってくれるのかな?
「ただいまっ…!」
周りからは冷静沈着と言われるが実際そんな事はない。大切な人に早く会いたくて、祝って欲しくて、同僚からの誘いも片っ端から断って帰宅し、落ち着きもなく、ただいまと口走る男だ。カカシ先輩辺りがこんなボクを見ると呆れるんだろう。
軽く笑んで愛しい人の“おかえり”を待つ。
…が、何時まで経っても、それはなくて静寂な空気が漂うのみ。
「名無しさん…?」
何も反応がない。
もしかして体調が悪くなったとか…?
ここのところあまり調子が良くないと口にしていたのを思い出して慌てて室内へと入る。
「名無しさん!」
「わっ、わぁ!?」
「……あれ、元気…?」
「ヤ、ヤマト?!ぇ、もう20時…?」
「いや、18時半頃だよ」
特に変わった様子はない、ペタペタと頬や首を触り異常がないか確かめる。うん、呼吸音は正常…でも何処かよそよそしい。
「は、早かったんだね。おかえりなさい、ヤマト」
「ただいま、名無しさん。…で、何を隠したの?」
忍を舐めちゃいけないよ?
咄嗟に隠した物があるのはバレバレ。ニッコリと…恐怖を植え付けるような笑みで諭す。奥さんであろうが其処は変わらない。あ、でも他の人と違って愛は込めているからね。
「…ご、ゴメンナサイ」
「謝るってことは、何か後ろめたい事なの?」
「後ろめたいといえば、後ろめたいかも…。これ」
抵抗するかと思えばすんなりと対応する名無しさんの様子に首を傾げる。隠した物は手紙だった、それも年季の入った古い手紙だ。
何処か見覚えがあるその物に、そっと手を伸ばす。
宛名は【大きくなった大人のボクへ】
「…!」
「整理してたら見付けて、つい読んじゃった。…勝手に読んでごめんなさい」
本気で怒るような事柄じゃないが、これはモラルの問題。ダメだと理解していても好奇心がわいて、つい魔が差してしまったところだろう。
しゅんとなる名無しさん、まるでお預けをくらったワンコだ。
少し狼狽えてしまったけれど、ふふっと声を出して微笑みながら頭を一撫で、怒ってないよと気持ちを込める。
気持ち良さそうな表情をした後、チラッと上目使いでボクを見る彼女。今度は尻尾がパタパタと左右に動いているように見える、本当に可愛い。
頬に手を添えて軽くキスをし、手紙に目を通す。その内容を見て目を見開いた。
「ボクの夢…」
これは俗に言う正夢だ、胸の鼓動が唸る。
「ヤマト…私、読んでもいい?」
「そうだね…お願いしちゃおうかな」
「じゃあ、読むね!『ボクの夢…それは…誕生日に盛大にお祝いしてほしい。大好きなクルミのケーキに、甘いお菓子。それさえあれば他に何もいらない!』」
「……」
内容はとても子供らしい。
というより、自分で書いた手紙を読み上げられるのはある意味羞恥プレイだと感じた。
「…叶えちゃったね、一つの夢。まだまだ書いてるけど続けていい?」
「え、さすがに恥ずかしい…!」
「じゃあ、じゃあっ、あと一つ…!」
「うん?」
珍しく声を上げて懇願する名無しさん。
基本的におねだりをしない彼女、その姿は新鮮で…
「仕方ない…ボクも男だ、腹を括るよ」
「やった!…続き読むね」
腹を括るというのは少しおかしいが、自分が書いた手紙の存在さえ忘れている状態。きっとこれからも自ら読む事はないだろう、いいキッカケだ。
名無しさんが深呼吸をした。
目を瞑って、淡い唇から紡がれる心地よい声に身を委ねる。
「『ボクは家族が欲しい。大切な彼女、奥さん。そして可愛い子供に恵まれたい』」
顔を見合わす。
こんな事、書いてたのか…子供の頃のボクは。
咳払いを一つして、話を続ける。
「…その大切な彼女、は叶ってるね?奥さんも。君はボクには勿体ないくらい素敵な女性だよ。名無しさん、ボクと一緒になってくれて、あり…」
「ストップ!」
「…え」
改めて感謝の意と愛を囁こうとした矢先、名無しさんが再度声を上げた。
「…もう一つ」
「もう一つ…?」
「そう、もう一つ夢が叶ってるの」
まるで聖母のような笑みで彼女は自分のお腹を撫でた。それを意味するのは…
「もしかして…こ、子供!?」
「…うんっ!」
「っ、ボ、ボクの子供…君と、ボクの?」
「そう、私とヤマトの子供」
こんな事、あり得るのだろうか。
思うことや、伝えたい事はたくさんあった。
だけど言葉にならなくて。
涙だけが、頬を伝う。
「泣き虫」
「あはは、今の状況じゃ弁解もなにも出来ないね…名無しさん…ありがとう。ボクは今、最高に幸せだよ」
「それはお互い様…」
自然と寄り添い、キスを交わす。
言葉に出来ない分、全て伝わるような甘い濃厚な口付け。甘い果実のような唇、其れを啄み舌で咥内を堪能。
「名無しさん…」
「ん…ぁ、ヤマト…当たってる…」
「…こればかりは、ね。でも体調も良くないし、シないから安心して」
「ありがとう…ヤマトのそういう優しいところ、とっても好き。いつも一番に私の事を考えてくれるところ、本当に愛されているって実感する」
「それもお互い様だよ?…さて、ご飯にしようか。今日はボクも手伝うよ」
「あ、ちょっと待って……!」
キッチンに行こうとすると慌てて先に行く彼女。冷蔵庫の開閉する音が耳に入った。
「もしかして出来てた…わっ」
「ヤマト、お誕生日おめでとう…!」
「…これって」
名無しさんが取り出してきたのは手作りのケーキ。
用意はしていると思ったけど、そのケーキにまた目が潤む。
「クルミケーキと…砂糖菓子で作った私とヤマトの人形。あと…気が早いけど子供のも。その、男の子か女の子か分からないからどっちも作って乗せてみました。か、形が悪いのはご愛嬌ってことで許して?」
「許すも何も、本当に…君は最高の奥さんだよ」
「我ながら暴走しちゃったような気もするけど……貴方の産まれた日に祝福を。ヤマト、産まれて来てくれてありがとう」
ねぇ、子供のボク。
今日はたくさんの夢が叶ったよ。
君の手紙にはまだまだ色んな事が書かれてるんだろうね、希望に満ち溢れた夢が。これからもその夢をゆっくりと叶えていくよ。
今日はその一歩。
もしかしたら、一番大きな夢だったかも知れないけど。
名無しさん、今まで生きてきた中で一番の誕生日だよ、ありがとう。
fin
HAPPY BIRTHDAY YAMATO 2017.08.10
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