願わくば、君に紡ぐ言葉


異国の本で『人魚姫』というのがある。
人魚が人間の男と恋をして最後は報われず泡になる…

とまぁ、ザックリと聞いた内容なので詳しい事はそこまで知らない。

もちろん人魚なんて存在はしないけれど、もし出逢ったらボクはどんな反応をするのだろうか。

物珍しさに興味津々?
足は、尾鰭は、器用に動く?

未知な生物に目を輝かせるのだろうか。



「……失礼な話か、それも」



空想上の存在の人魚姫。
それを出逢う前提で考えているのに、未知な生物というのは少々反省するべきだ。



「えーっと、声で人を魅了する力?があるんだっけ」



うろ覚えな内容を口にしながら、もしかして忍術?…と、そんな考えが過るのは職業柄仕方ない。



「聞いてみたいな」

「なにを聞いてみたいの?」

「やぁ、名無しさん。いや、ちょっと人魚姫の歌声ってどんなものなのかなって思ってさ」

「人魚姫?それって…異国の本の話?」

「そう、作り話っていうのは分かってるんだけどさ」

「テンゾウってたまに変な方向に物事考えるよね」

「褒め言葉として受け取っておくよ」

「うわぁ、ポジティブー」



任務上がりの名無しさんが姿を現し動物を模した仮面を取り隣に座る。
たわいも無い話に付き合ってくれる彼女、それがとても心地良くて。ボクの大切な時間の一つだ。



「それで、君はどんなものだと思う?」

「歌声の話し?うーん、どんなって急に言われても…」

「ボクはとても透き通った歌声だと思うんだよ。魅了されるって聞くしさ」

「……私は…そうね、悲しい歌声だと思う」

「悲しい?」

「そっ、悲しい。だって人魚さんは報われない恋をしてるんでしょ?だったら切ない気持ちをメロディに乗せて…伝えてるんじゃないかなって」

「なるほど」



人魚さん、って言い方にクスリとしたのは秘密。

何事も受け取り方は人それぞれとは言うけれど、こんな風な考え方もあるんだと感心する。



「逢えない相手に切なさを伝えるのと、逢えない相手を想い愛しさを募らせるのは紙一重のような気もするわ」

「不幸せだったのかな、人間と出会った人魚姫は」

「一時でも気持ちが通じ合って愛を紡いだ時間が嘘じゃないなら、幸せだったんじゃないの?…そこから後の事は何とも言えないけど」

「愛を紡いだ時間、か」



隣に座る名無しさんの頬に触れて、ゆっくりと唇を重ねる。特に嫌がる様子もなく目を瞑り受け入れてくれる彼女をそのまま抱き締めた。



「いきなりどうしたの?」

「…愛を紡いでるつもり」

「テンゾウってば、可愛いー」



異国の本とシンクロさせるのはおこがましい気もするけれど、ボクらも過酷な世界で生きて、一度任務に就くと無事に帰って来れる保証はない。
特に暗部となれば危険な任務に就く確率も高く、嫌でも死≠ニいう単語が付き纏う。

どちらかが永遠に帰りを待つか、どちらも還らぬ人となるか。

それでも、ボクらは進む。
それが、ボクら忍。


だからこそ、この甘い時間が永遠に続けばいいと切に思う。


人魚姫の君もそうだったのかな。
読み手次第で変わるけれど、せめてボクの中での人魚姫は…笑顔でいてほしい。

笑っていて?
願わくば、愛する人と紡ぐ時間をいつまでも。



fin
20200516




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