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ボクはただ気を引きたかっただけなんだ。
決して君に興味がなくなったとかそういうのじゃなくて。
でも、もう後の祭りだ。
「…ごめん、今なんて?」
「ん?だから、私も彼氏出来たからって」
「か、彼氏…君に!?」
「ちょっと、その反応なに…。私に彼氏が出来たらおかしい?」
「い、いや」
聞き間違いかと思ったが、どうやら合っていた。今、会話しているのは同じ上忍である名無しさん。
ボクが密かに想い続けている女性だ。
「ふーん、っていうか同じ日に恋人ができるなんて奇遇だね」
「そうだね…」
恋人、自分に彼女が出来たなんて真っ赤な嘘。だってボクは君以外、全く興味がないんだから。
長年に続く友人関係から少しでも脱出したくてついた嘘、少しでも反応があればラッキーと軽く捉えていた。
何故、いきなりこんな事をしたかというと、今日が自分の誕生日だから。
もし狼狽えたり、脈ありな反応があればボクだって男だ、そこは告白をして勝負に出ていた。そして一緒にこの日を祝って欲しかった。
だけど、結果それはボクを苦しめるものになったのはいうまでもない。
『彼女が出来たんだ』
と話しかけたら…
『え、ほんと?おめでとう!あ、私も彼氏出来たよ!』
そこから冒頭に戻る。
いつ出来たのと聞かれたので今日と答えると、名無しさんも今日出来たらしい。
奇遇に程があるだろう。
「なんか暗いけど…まさか、もうケンカしたとか?」
「…ケンカ、ではないけど」
「じゃあなんなの?」
「え、それは、って…そんな事、君に言う必要ないだろ!」
「っ…」
つい、大声を上げてしまった。
完璧に名無しさんに当たってしまっている。
謝らなくちゃ…
「名無しさん、ごめ…」
「テンゾウ、今のはちょっと酷いと思うけど?」
「!」
謝ろうとした矢先に聞き覚えのある声と見慣れた姿、カカシ先輩がそこにいた。
「名無しさん、畏縮しちゃってるじゃないの…かわいそうに」
「その、今のは…」
「ううん、今のは私が悪かったから…人のプライベートに口出し過ぎた。ごめんヤマト」
名無しさんが謝ることなんて何一つないのに。弁解しようとすると、ボクの目に信じられないものが映る。
「お前は優しいねー。よし、オレが慰めてあげる」
「きゃ…もう、カカシさん!…子供じゃないんだから」
「なっ…」
あろう事か、カカシ先輩は名無しさんの頭を撫でたと同時に髪にキスをした。
全く嫌がる素振りを見せない君。
「ん、なに固まってんのよテンゾウ?」
「せ、先輩こそ、なにやってるんですか…!」
「オレ?見たら分かるでしょ、名無しさんの髪にキスしたんだけど」
「き、キスって…」
「だって、別に彼氏になったんだし問題ないだろ。ね、名無しさん」
「そうですね、でも…恥ずかしいものはあるかと」
「もしかして、君の彼氏って…っ!」
聞きたくなかった、認めたくなかった。
名無しさんの彼氏がカカシ先輩だなんて。
男の自分から見ても、先輩は強くてカッコいいし尊敬に値する。そんな偉大な人が彼氏だなんて、勝ち目がないのは明白。諦めるしかボクの進む道はない。
堪らなくなって、その場から駆け出そうとすると…
ーバチィ!!
「!!…ええっ!?」
「こら、話の途中でしょー?それにオレも名無しさんも聞きたいことあるのよ」
「わぁ…見事な雷切」
先輩の十八番である雷切がボクの真横を擦り抜ける。肝が冷えたし、心なしか寿命も縮んだ気がする。
そんなボクを見て拍手をする名無しさん。
なんか、惨めすぎないか?
「わ、分かりましたからっ…雷切は引っ込めて下さい!」
「ん、よし。じゃ、聞くよー、お前の彼女って誰?」
「へっ」
「っていうか、嘘でしょ?むしろ頭の中では常に妄想してんでしょ」
「な、なにを…」
どうして先輩がそんなことを聞くのか。
そして、頭の中では常に妄想の意味が分からない。
いや、確かに…名無しさんの事は常に想っているけど、妄想とかではない、断じてない!
困惑した表情を見せていると。
「ったく、情けない男だねー。名無しさん、こんな男でほんとにいいの?」
「んー…」
「乗りかかった船だし、最後まで面倒はみるけどさー。考え直すなら今のうちだよ」
「ふふ、先輩は優しいですね?」
「そりゃまっ、こいつと違ってお前は可愛い後輩だからね」
二人の会話が進む、というより二人の世界。
そして無駄に貶されているボク。
だけど、何かが違う気がする。
こう、なんというか恋人同士の会話ではない。
「私、可愛いんだ?」
「うん、可愛いよー。お前がこいつを想ってないなら彼女にしたいくらい」
「それは光栄です」
「え…と、その?」
「はぁ、テンゾウ…じゃないヤマト、今の会話でも分からないの?上忍失格だね」
話を振られてハッとなる。
何の内容を話していたんだ?
すっかり自分の世界に入り考え込んでいた。
もし恋人じゃないなら、どういった関係なんだろうと。彼氏になったって先輩の口から断言していたのは事実なのに恋人同士じゃないように感じるのだ。
頭がこんがらがる。
冷静に思考が働かない。
「し、失格って」
「…」
さすがにその言葉は胸に突き刺さる。
横目で名無しさんを盗み見すると、軽い溜息を吐いていた。
呆れられたのか?
あぁ…ボクの恋よ、サヨウナラ。
「もう…私、なんでこんな情ない男に惚れたのかなぁ」
「恋は盲目って言うからねぇ、理屈じゃないんでしょ」
「うーん、という事にしておきますか。このままじゃ可哀想だし…」
「あはは、確かにね。じゃ、オレはもう行くよ。あとは頑張れ!」
「はい!さてーと、ヤマト!!」
「…えっ!あ、な、なに?…って、あれ先輩は?」
感情に浸っているボクを、名無しさんの声が現実へと呼び戻す。
慌ててそちらに振り向くと、先程まで彼女の隣にいた先輩がいなくなっていた。
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