アカデミーが終わり、いつものように修行をする為に森へ出向く。忍らしく屋根を軽快に駆けていると聞き慣れた声が耳に入り自然と掛ける足を止めた。
「お姉さん……?」
ボクはポツリと呟く。
聞き間違える事なんてあり得ない、それは名無しさんさんの声。
「明日、見せたいものがあるの」
周りを見渡すと案の定、お姉さんは近くにいた。
誰かと話しているようで、ふふっと楽しそうに笑う姿が見える。建物の影になって相手の姿はボクの所からは見えなかったけど、それでいい。
見てしまうと何かをしでかしてしまいそうな自分がいた気がするから。
「っ……」
聞きたくない声が聞こえる。
いや、これは聞いてはいけない声…会話だ。
けれど名無しさんさんの声はとても澄んでよく聞こえる…まるで何かに取り憑かれてしまったかのようにボクは、お姉さんの声を、お姉さんを自然と求めるんだ。
あぁ、聞きたくない、聞きたくない。
誰かボクの耳を塞いで?
気分が悪くなったボクは、その場に座り込む。
何が起こって、何に対して気分が悪くなっているのか…困惑するばかり。自分の事なのに何もかも分からなくなって。空気を吸っているはずなのに、酸素が入り込んで来ない。胸が、苦しい。
「苦しいよ、お姉さん…」
悲痛なボクの叫びは、届く事はない。
ボクは貴女の声ならいつだって届いているのに。
これを理不尽と思っていいのか、そんな考えすら浮かんでしまう。心がドンドンと荒んでいく。
そして訪れる運命の日。
「甲くーん!!」
「…お姉さん?」
「じゃーん、髪切りました!」
言葉にならないっていうのは、きっと今のような状況の事だ。
名無しさんさんは長かった髪をバッサリと切っていた。
「彼ね、ショートが好きだっていうから…どう、似合ってる?」
彼、というのは恋人の事だろうか。
嬉しそうに口元に手を添えながら話す名無しさんさん。
以前に見た薄桃色の爪はどこにもなくて、やはり濃い真っ赤な色になっていた。その赤色は…頬を赤く染めるお姉さんと同じ。
ボクの胸が更に痛くなる。
目の前にいるのはお姉さんに変わりない。
変わりないのに、違うと心が悲鳴を上げて。
髪を切った名無しさんさんと、その言葉はボクに重く伸し掛かる。ボクの長い髪を褒めてくれたお姉さんは何処へいったんだろう。
心なしか服装も大人びた格好になっていた、白のワンピースがとても似合っていたのに。
恋というのはここまで人を変えてしまうのか。
嗚呼、貴女はボクのお姉さん≠ナなくなったの?
「…に、合ってます」
「ふふ、ありがとう!」
それから先の記憶は曖昧。
気付けば自分の家に帰っていた。
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