声が、聞こえる。
ボクの名を呼ぶ声が。

きっと、その声はどんなに小さくても聞き取れる自信がある。



「甲くーん!!」



ほら、振り向くとそこに貴女がいてボクの名を呼んでくれるんだ。



「お姉さんっ、こんにちは!」

「こんにちは、甲くん。お散歩?」



ボクを見てふんわりと微笑む人の名前は名無しさんさん。

彼女はボクの家の近くに住んでいるお姉さん。
物腰も穏やかで、自分に姉弟がいるならこんな人がいいって思えるような女性。
ボクには身内がいないから実際は分からないけど、それでもそんな風に思わせてくれる、あたたかい人。



「明日からアカデミーに入るから、その準備をしてたんです」

「アカデミー…そっか、甲くんは忍だもんね。お姉さん、ちょっと心配…」

「心配?それはボクが弱いから?怪我をするって思ってるんですか?」

「弱いから怪我をするとかじゃなくて…もちろん怪我はして欲しくないよ?ほら、大切な子を心配するのは普通でしょ?」



怪我=弱い。
その方程式は名無しさんさんの中で存在しないらしい。



「大切な、子…うん…」



名無しさんさんの言う大切な子≠チていうのは、どういう意味なんだろう。弟のような存在として?

それが普通≠ネのか正直分からない。

でも、お姉さんがボクの事を思ってくれてるのは素直に嬉しいから頷く。



「ごめんね、引き止めて」

「大丈夫です。アカデミーに入ると授業もあるし今までみたいに簡単に会えなくなるから…その…」

「その?」

「ボク、お姉さんに会えて嬉しかった…です」

「っ〜もう、可愛い甲くん!!」



頭をわしゃわしゃと撫でられる。

髪に触れる名無しさんさんの指が目に入った、手入れをされた爪先はネイルがとてもよく似合っていて目を惹かれる。

色は…なんだろ、淡い桃色みたいな?
正式な色があるなら聞いてみたい。



「っ、髪の毛…ボサボサになっちゃいますっ」

「ご、ごめんね?でも甲くんの髪ってほんと綺麗!」

「そうかなぁ…。ボクよりもお姉さんの髪の方が綺麗ですよ?」

「ありがとう、嬉しい!今ね、頑張って女性らしく伸ばしてるんだ」



ボクの髪に触れながら、自分の髪にも触れて女性らしく≠ニ言う名無しさんさん。



「お姉さ…」

「っと…用事済ませなきゃいけないんだった!じゃあ、またね」

「あ、はい、また」



今でも、とっても魅力的な人…そう伝えようとした。だけどタイミングが合わず、名無しさんさんは駆け足で去って行った。

一人になり、自分の髪に触れる。


 
「お姉さん、髪を伸ばしてるんだ…ボクも伸ばそうかなぁ」



名無しさんさんがボクの髪を褒めてくれるなら、伸ばすのも悪くない。

あぁ、次に会えるのはいつかな?
アカデミーに入って成長したボクを早く見てほしい。



「…うん、頑張るぞっ」








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