一途な気持ち
ヤマトは優しい。恐怖で支配を、とかそんなこと言ってるみたいだけど凄く優しい。
初めて会った時は書類を届けに綱手様に会いに来たとき。偶然出会ったヤマトに私は一目惚れされた。そう、私がしたのではなく、ヤマトにされたのだ。
「名無しさんさん、お疲れ様」
そう言って私を迎えてくれるヤマト。
一目惚れされて彼が暗部の者だと知って世界が違い過ぎて当然ながらお断りした。が、彼は言ったのだ。「君だけがボクの全てなんだ」と。たった今会ったばかりの女に言うなんて可笑しくてつい、私は彼にまずは友達からという提案をしてあれよあれよと気が付けば彼と一緒に住んでいた。けれどあくまでも私とヤマトは友人なのだ。
「ありがと、ご飯作っちゃった…?」
「うん?何処か行くのかい?」
「ちょっと、呑みに誘われて」
「そっか、じゃあ冷蔵庫に入れておくから明日食べよう」
嫌な顔一つせずにヤマトは料理にラップをして冷蔵庫に入れていく。このやり取りは何度目かわからない。ある日突然帰宅するとヤマトが部屋の中にいて自分の荷物を運びこんでいた。何事かと正直喧嘩にもなったけどヤマトの瞳に見つめられると何も言えなくなってしまう。もしかしたら瞳術でもかけられているのかとも思ったけどそんなことはなかったようで自分でも不思議に思う。そんなことを考えながら着替えを済まし化粧をして靴箱からヒールを出して玄関の扉を開けた。
「気を付けるんだよ」
「うん、行ってきまーす」
玄関まで見送りに来てくれたヤマトにほんの少しだけ後ろ髪を引かれて振り返って見えた顔はいつも通り笑っていて前に「暗部の人間は感情を殺して生きている」と聞いたことを思い出した。目が合ってヤマトが走り寄ってきた。どうしたのかと歩みを止めると手が私の頬に伸びてそっと触れた。
「うん、月明かりで見る名無しさんさんはいつも以上に綺麗だね」
やっぱり感情なんてないのかもしれない…こんな恥ずかしい言葉を簡単に言うんだから。
「っ…そ、それじゃあ行ってくるから!!」
「うん、いってらっしゃい」
ヤマトに背を向け歩き出す。今日のお相手はこの間賭博場で意気投合したスカーフェイスのおじさま。ヤマトのことは言っていないし、言うつもりもない。別に付き合っているわけでもないし、ただのルームシェアしているだけの相手。そりゃ、酔った勢いとかで致してしまったことが無いわけではないけれど。
「……考えるだけ無駄無駄」
私は元来一人の男じゃ満足できない。というより、好きになりやすくて一人の男に絞れないのだ。先月は優秀な若手の医療忍者、その前はカラクリ技師の若旦那。年齢も幅広くてとにかく私は惚れやすい。あのカカシともそれなりにいい関係だったときもある。ヤマトとだってうまくやれる自信はあるけどこの性格は変えようがない。仕方がない。だって好きになってしまうんだから。
でもそれが祟ってたくさんの男に恨まれていることも自覚している。
待ち合わせ場所でおじさまと会いそのまま花街に向かう。帰るのは明日の朝か、昼か。ヤマトは仕事に行っているんだろうけどきっと朝ごはんを用意してくれている。今までの男は私が朝帰りすると根掘り葉掘り聞いてきて正直に言うと殴ってきたり、罵倒して私から離れていった。でもヤマトは「ボクは名無しさんさんが好きな相手といるならそれでいいよ。それにさ、ちゃんと帰ってくる場所は必要だろ?」って私を抱きしめて言うからきっと未だにずるずるとこんな関係を続けているんだ。
「どうかしたのか?」
私をベッドに組み敷く男が見下ろして問いかけてくる。
「ううん、ちょっとルームメイトのことをね」
「……そのルームメイトってのは男かい?」
「え?」
その後の事は言わずもがな「男がいる女を抱くほど飢えてねぇよ」と男に帰されてしまった。今日はこのまま外泊する予定だったし帰るのが気まずい。
「はぁ…なんかなぁ…」
目の前の扉を開けるのがなんとなく嫌でこのまま夜の街で飲み明かそうと踵を返そうとしたその時、唐突に扉が開き驚いた顔をしたヤマトがそこにいた。
普段着けている額当てを外しすっかり楽な格好をしてきっと寝るところだったのだろう。
「あ、えっと」
「おかえり」
目線を泳がして狼狽えている私の手を引きヤマトは優しく抱きしめてくれた。すっぽりと包み込まれるような暖かさに目を閉じてそのまま背中に腕を回す。
「寒かったね、お風呂沸かそうか?」
「ううん、大丈夫。ね、ヤマト」
「うん?」
「………ありがとう」
ぎゅう、とシャツ越し胸に耳を当てると聴こえる心音が少しだけ早くなった。
「前にも言っただろう?ボクは君の帰る場所になりたいんだって」
「うん……だから、ありがとう」
顔を上げてヒールのおかげで少しだけ近くなった身長差を背伸びをして更に詰める。ちょん、と触れた鼻先と唇にヤマトの呆け顔。ヒールを脱ぎ捨て部屋の奥にある洗面所に逃げ込んでこれからどうしようかと考えることにした。今はとりあえずどうしたら一途になれるのか、それを考えてみよう。
「好き、かな」
口に出せば自然と緩む口角。目を伏せてふふふっと笑うと目の前にはヤマト。
「うわ、っ」
「好き?誰が?」
何時になく真剣な顔。全てを見透かすような漆黒の瞳に私の顔が映っている。途端に顔に熱が集まってヤマトの目を直視できない。頬に触れられた手が熱く感じて私は意を決してヤマトをまっすぐ見つめた。不安そうに揺れている瞳。初めて見たこんな顔。
「ヤマト…?」
「ボクは君が他所の男に本気になるなら身を引くよ?」
「違う、違うよヤマト」
腕を伸ばして首に抱き付いた。震えている体が愛おしくて私はそっと呟いた。
「私も、一途になれるかな」
その言葉の意味を理解したヤマトが本当に嬉しそうに笑うから私もつられて笑顔になった。
一途になるって、難しいけどこの気持ちを大切にしたい。そう思ったんだ。
「名無しさんさん、大好きだよ」
耳元で聞こえた声が微かに震えていたから私まで視界が滲んでしまった。
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AJISAI/碧様より
1万打記念に頂きました…!感謝!!
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