昔話を一つ/03


そして長年の時を経て…
 
 
「名無しさんがボクの彼女になったってわけさ」
「…」
「なんでこんな話をしたかっていうとね…ボクの全てを知って欲しかったから」
 
 
自ら進んで過ちを犯したわけじゃない、だけどボクの中ではとても、とても大きな棘で…押し潰されそうになった事もあった。だからそんな一面も知って、なおかつ受け止めて欲しかった。
 
少し子供染みていただろうか?
 
 
反応がない彼女を覗き込むと…
 
 
「テンゾウ!!」
「わっ…」
「テンゾウ、ごめん、ごめんなさい…!!」
「ちょ、落ち着きなよ…どうして君が謝るのかボクにはさっぱりなんだけど?」
 
 
いきなり反転し、抱き着いて謝る名無しさんにあっけらかんとなる。
 
ずっと想っていた事に関しての謝罪の言葉じゃないのは明確。この件についてはボクの片想いだけの話だしね。
 
 
「テンゾウッ…!」
「泣いているのかい…?んもう、本当にどうしたの。ほら顔見せて…」
 
 
膝の上で抱き合う形になり、涙で濡れた瞳を舌で拭う。これほど感情を露にするなんて、今まであっただろうか?
 
なにかまずい事でも言ってしまったか、それともボクの過去が重すぎたとか?
 
 
「わた、し…テンゾウの事、なにも分かってなかった…」
「なにもって…今のは話してなかった事だし…」
「けど!!…ちゃんと理解出来てなかった。誰にだって弱い部分なんてあるのに、勝手にテンゾウは大丈夫だって思い込んでた…」
「…うん」
「いつも冷静で落ち着いていて、たまに意地悪になることもあるけど、優しくてすごくカッコいい大人の男性で…」
「そんな風にボクの事を見ててくれたんだ。言葉で言われるとなんかくすぐったいね?」
「私には、もったいないくらいの人だって心のどこかで想ってた…」
「それには賛同出来ないな…ボクには君しか…」
「でも!!」
「でも…?」
 
 
彼女の口から伝えられる本心。
こうも面と向かって言われると嬉しくもあり恥ずかしくもある。
 
でも、困らせてしまったなと少しの後悔。
別に困らせたいわけじゃなかった、ただ知っていて欲しかっただけで。
 
それでも、名無しさんは続ける。
 
 
「テンゾウには私しかいないから!」
 
 
見事にボクが言おうとしていた言葉を先に言われた。
 
 
「…」
「あ、じゃなくて…テンゾウを支えていいのは私だけ…全部受け止める。脆い部分だって…だからもっと曝け出して?」
「曝け出していいのかい?さっきのボクのイメージ、ガランと変わるかも知れないよ」
「イメージが変わったからって…隊長には変わりありません」
 
 
落ち着いたのか、いつもの口調になる名無しさん。
そんな彼女が愛しくて、顔が綻ぶ。 

 
「そっか…じゃあ、脆い部分も受け止めてくれるかい?」
「はい…!…私にはもう貴方しかいらない、テンゾウ以外のぬくもり、愛なんていらないから」
「うん…ありがとう。じゃあ、伝えたい事があるんだけど…」
「なんでも言って下さい」
 
 
君と付き合った時から、ずっと伝えたかった言葉がある。

ボクは深呼吸をして言葉を紡ぐ。
 
 
「名無しさん、ボクと結婚して下さい」
「!!」
 

もう少し経ってから伝えようとしていたけど、問題はないだろう。
 
 
「返事は?」
「わ、私なんかで良ければ…っ!」

 
今一度、誓おう。
君を一生愛し抜くと。
 
 
fin





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