昔話を一つ/02
【…なにをやっていたんだろうな、ボクは】
誰に伝えるわけでもなく、一人ポツリと呟く。
第四次忍界大戦が終戦してある程度の時間が経った。皆、何かしろ心に傷を負いながらも必死に前を向いて今を生きている。もちろんボクだってその内の一人だ。
だけど、やるせなかった。
肝心な時に敵に拉致され、自白剤で全ての情報を吐き、挙句の果てに敵の強化に使われ操られるといった無様な行動をしてしまった。記憶がはっきりと残っているわけではないが、倒すべきはずの敵に加担した事だけは確かで、それが残酷な真実。自分の意志ではないとはいえ多くの仲間を傷つけた。
いっその事、殺してくれと願った。だけど、ボクは今こうして生きている。
生きていいのか?
そんな疑問が脳内を埋め尽くし、自問自答の日々。
【…あぁ、病院の時間だ】
細胞を弄られている可能性があったので、念のために定期的に診察を受けていた。大戦で怪我をしたわけじゃないので行くのは正直億劫だったが診てくれる人が綱手様だったので、さすがに無碍には出来ない。重い腰を上げて病院へ向かう。心なしか、足取りも重い。そして雰囲気も。
【辛気臭い!って綱手様に罵られそうだな…】
程なくして辿り着く場所。
いつものように入り口に向かおうとすると、一人の女の子とすれ違った。その子は車椅子に乗っていた。
別に病院だからおかしい光景ではない、だけど…
【泣いていた…?】
擦れ違ったのは一瞬。
一瞬だったからこそ声も掛ける事も出来ずに、いやに気になってしまったのかも知れない。
【そんなにツライ病気なのかな】
気になったのは確かだったけど、いきなり声を掛けるわけにもいかないのでそのまま後姿を見送った。今にも消えてしまいそうな様子に息を飲んだのを覚えている。
【来たか、ヤマト】
【綱手様、忙しいところ申し訳ありません】
【気にするな、私が好きでやっている事だし時間は大して掛からん】
【お気遣い、感謝します】
【うむ、ではさっそく…と、またあいつはあんな所に一人で…。おい、名無しさんを病室へ戻らせとけ!】
【あ、はい、分かりました】
受付の辺りに行くと執務を終えた綱手様が既にいた。軽い挨拶をして処置室にいこうと思った矢先、何かに気づいて近くを通った看護師に声を掛けた。
名無しさん?
【ったく、あいつは…手術前に彷徨くなと言っておるのに!】
【…名無しさん?手術前?】
【ん、あぁ、ちょっとな…】
ふぅとため息を着き、視線を外へと向ける綱手様。
もしかして、さっきすれ違った女の子の事だろうか?名前は名無しさんというのか…
それにしても、手術とは?
その時に、初めて君がボクの中に存在したんだ。これが名無しさんに出逢う前の話。
***
【…なるほどね】
あれから、あの女の子の事が気になって少し調べてみた。
そして知る真実、開戦直前に病で倒れたと。
理由は違えど、戦争に参戦出来ずに悔しい思いをしたのは同じ。親近感が湧いた。
そこからこっそりと名無しさんを見続けた。
手術も受けられ無事に終了したと耳にした時は、自分の事のように喜んだ。一心不乱にリハビリを頑張っている姿も、遠くから見つめた。成功しても今までの感覚はすぐに取り戻せないようで、力が入らずに何度も地面に倒れていた。駆け付けて手を差し伸べたい、力になりたい。
でも、ボクは君の知り合いでもなんでもない。ただ、自分と似た境遇に立っていた君を勝手に気にしていただけ。
それでも、揺らぐことのない信念と情熱に溢れた瞳。君が前を向いて進めば進むほど、自分も頑張らなきゃと思うようになった。いつまでもウジウジ言っていられない、言っている暇があるなら少しでもこの力を使って里の為に、誰かの為に役に立たなくては。
そうさ、ボクにしか出来ない事がある。
過去というほど昔の出来事じゃないが拭いきれない事実、それを全て受け止めて乗り越えよう。
【どこまで本気なんだろうね…】
ある日、名無しさんが暗部入りを目指している事を知り推薦する。
関わる事はなかったが、ずっと見守っていた。それはいつしか愛情というものになった。
これが君に出逢った頃の話。
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