臆病者の愛し方


タチが悪いっていうのは、きっとお前のような女の事を言う。それが解りきった上で離れられないオレは、滑稽か。


「おはよ〜カカシ」
「……」
「ちょっと無視?そういうの感じ悪いと思うけど?」
「…おはよ、名無しさん」
「ん!」


いつものように日が昇り切る前に起床。
部屋を出てリビングに向かう、すると名無しさんがソファに座って寛いでいた。


「っていうか、なんで毎度毎度、非番の日の朝イチ狙ってくるわけ?」
「え、普段も来て欲しいって事?」
「そうじゃなくて…はぁ、もういい。で、今日お前も休みなの?」


会話が通じない。
これ以上続けても意味がないし、頭が痛くなる。
冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して名無しさんの隣に座り、別の話題を振った。


「うん、だからどっか行かない?」
「…どっかねぇ。どうせ後でテンゾウと行く為の予行練習でしょ」


二人とも非番で、時間を持て余すならどこかに出掛けよう。なんて事はない、至って普通の行動だ。

…名無しさんが彼女だったらね。

横でくったない顔で笑うこいつは、オレの女でもなんでもない。


「よく分かったね、さすがカカシ!」
「いつもの事でしょーが」


これはよくある光景。
オレが非番の日には必ず部屋に上がり込んでいて、そして名無しさんも非番なら一緒に出掛ける。

それは、後にテンゾウと出掛ける為。


「そうだっけ?あ、この前連れて行ってくれたところ、テンゾウすごく喜んでた!いいところ教えてくれてありがとね」
「はいはい」


それでも、こいつはテンゾウと付き合っているわけでもない。好き嫌いでいえば好きの部類に入るらしいが、それはあくまで人間として。異性としては一切見た事がないという。

でも、納得いかないでしょ?
オレと出掛けた場所、オススメした場所を、再度他の男と一緒に行くとか。

一度問いつめた事がある。


***


【なんでテンゾウと出掛けるの、それもわざわざオレと出掛けた場所に】


名無しさんは言った。


【可愛かったの】
【可愛かった…?】
【貴女が好きなんです、ボクの事を好きになってくれとはいいません、でも離れないでほしい…ボクは名無しさんさんがいなきゃ、きっと壊れてしまう】
【…】
【テンゾウが私に言った言葉、すごい殺し文句でしょ?胸キュンしちゃった…そんなあの子が可愛いく見えて】
【不憫の、間違いでしょ】
【えー】
【それで、一緒にどこかに連れて行ってあげてるって事なの?】
【そ、こういうのはカカシ得意でしょ】


テンゾウはものの見事に、名無しさんの手中に堕ちている。
なんて酷い女なんだろうと、その時に思った。

だけど、まだ言葉は続いていた。 


【それに、カカシとも楽しめるしね】
【…】
【私と出掛けるのは、イヤ…?】
【…いや、光栄だよ】
【ふふ、よかった】


ふんわりと、されど妖艶に微笑むソレが未だ脳内を支配している。
正確には脳内も心も、全て支配された、囚われた。

名無しさんはハナからテンゾウを相手にはしていない。そんな後輩を気の毒だと思うが、心のどこかで安心している自分もいた。


***


「名無しさん…実はオレ今日ちょっと体調悪くてさ…」
「そうなの?じゃあ今日は出掛けるの止めにしようか」
「そうしてくれると助かる…」
「分かった、ゆっくり休んで。あ、お出掛けの件は気にしないでね!他の人あたるから」
「……やっぱ行く」
「え、大丈夫なの?」
「大丈夫」


体調が悪いっていうのは咄嗟についた嘘。少しだけカマを掛けたつもりだった。
あわよくば看病をしてもらえるかもしれないという浅はかな思いは見事に打ちのめされた、名無しさんの方が一枚上手。

これ以上、他の男と二人っきりにさせてなるものか。悲しい事にオレもこいつの手中に嵌っているのだ。


「あのさ、行く代わりにお願いがあるんだけど」
「なに?」
「これからは他の男には頼らないでほしい、それとオレと出掛ける時、お出掛けって言うんじゃなくてさ…デートって言って?」
「デート?はぁ、別にいいけど」
「よし、じゃ行きますか!とっておきの場所教えてあげる」
 
 
本当は今すぐの腕の中に閉じ込めたい。
閉じ込めて、愛を囁いて、繋がりたい。
 
だけど名無しさんはそれを望まない。
そんな関係を求めていない。
 
お前は自由奔放で人を翻弄し、そして依存を嫌う。死が常に纏わりつく中で、誰かに依存をすることが怖いのだろう。
その存在が大きければ大きいほど、喪失感が襲う。
 
忍を長年やっている名無しさんなりの考え。
敢えて孤独を突き進む。
 
いつもノラリクラリ。
心を許す者がいても、深入りはしない。
もちろんオレもそこに当てはまる、どんなに傍にいても、気を許しても、名無しさんは決して一線は越えて来ない。

来てくれれば、全身全霊で受け止めるのに。

そんな中、一歩踏み出す事が出来ないオレがいるのも確かだが、お前がそれで自分を保てているならずっと見守り続ける。


「名無しさんとのデート、むふふ」
「わ、キモいよカカシ」
「こら!今からデートする相手に言う言葉じゃないでしょ、それ」
「真実を言ったまで」
「つれないねぇ〜」


これが臆病なオレなりの愛し方と二人の休日。


fin




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