春が訪れる
【高嶺の花】続編
いつからだろう、私はある男性をずっと気にかけている。
「疲れたぁ…」
暗部所属で、実力的には一二を争う自分。
その為、日夜任務で里を離れる日々。
そして今、里外の長期任務から帰ってきた。
報告書を提出し、酷使した身体を引きずり自宅へ。ベストを脱ぎ、近くにあったソファに倒れ込む。忍具の整備など、まだやらなきゃいけない事はあったが…
「睡魔が、私を呼んでいる…」
意識はすぐに夢の世界へ。
***
「んっ」
どれくらい眠っていたのか。
外を見ると、うっすら明るい。帰ってきたのは、夕方頃。
もう少し寝ていたかったが、変に目覚めてしまったのでシャワーを浴びる事にした。
いくら鍛練で精神が鍛えられた忍であろうとも、感情を完全に消す事は出来ない。
少し熱めのシャワーが、任務で無と化していた身体に染み渡る。忍である冷徹非道な私が、一人の人間に戻る時だ。
「今日の予定は…非番か」
お風呂上がり、水分を取りながら予定を確認。
普通の人なら喜ぶところだろうが、私にとっては憂鬱。それは自分に心許す同僚、友達といった人がいないから。
友達がいないわけではないが、ずっと暗部で過ごしている内に自然と付き合いが減ってしまった。同僚も、私の実力に恐れをなしてか何処か一歩引いているのが分かる。
「少し前まではカカシさんがいたんだけど、正規部隊に行っちゃったしなぁ…」
「ん、オレがどーしたのよ名無しさん?」
「いえ、淋しいなーと」
「棒読みだけど?お前、可愛くないねー」
「不法侵入の人に可愛く接する意味はないでしょう」
いつの間にか部屋に居座るカカシさんに、特に驚きもせずに会話。任務上がりには必ずと言っていいほど、エネルギー切れで倒れ込んでいるから、これはそんな私を心配しての行動だろう。
カカシさんは頼れるお兄ちゃんといったところで、暗部を離れた今でも、こうやって気にかけてくれている。
「まっ、そりゃそうか。…にしても、今日は珍しく早く起きてたんだね」
「んー…本当ですね、何でだろう」
「…もしかして、気になる人でも出来て眠れなかったとか?」
「…なっ」
「お、図星?いやーそれはめでたいね!やっとお前にも春がきたか!」
「ちょ、ちょっとカカシさん…」
「よし、そうとなればお祝いだ!名無しさん、今日は甘味処付き合ってあげるよ!」
甘味処!
甘いものが苦手なカカシさんが付き合ってくれるなんて、嬉しい!
じゃなくて、話がドンドンと勝手に進んでいく。
気になる人?
誰が、誰を?
「名無しさん、団子来たよ?」
「ぁ、は、はい!」
所変わって、甘味処。
慌てて返事をすると、長い蒼色の髪が靡く。
それを見て苦笑するカカシさん。
堪らなくなって目線を反らすと、私の視界にとある人が入る。
「…いた」
その人は黒髪を清潔に後ろで一つに纏め、鼻に大きな傷があり落ち着いた物腰に、優しそうな笑顔をしていた。
うみのイルカ先生だ。
「なに…イルカ先生と知り合い?」
「…ううん、そんなんじゃないですよ…少し前に任務で負傷したのを助けただけで」
「ふーん…でもさっきから視線外さないよね。名無しさんの気になる人…イルカ先生でしょ?」
「っ…」
言葉にされると、もう最後。
確信をつくその言葉に、認めざるを得ない。
そう、私はあの人が気になっている。
もちろん、彼は私を知らない。あの時は暗部で動いていたので、面をしていたし。
だけど私はイルカ先生を知っている。
アカデミーの教師で、いつも生徒と心からぶつかり火の意志を継ぐ忍の候補生を育て上げている。
ただ、それだけだったのに。
そこへ、この前の出来事…
【足、怪我してますね…あいにく私は医療忍術が使えないので…乗って下さい】
【えっ、乗ってって…】
【里までおぶります。女に乗るなんて屈辱的だと思いますが、傷が深いですし無理に歩かない方がいいかと】
敵にやられ負傷しているのを発見し、すぐさま相手を薙ぎ倒す。
唖然とした顔が見えた、いきなり現れた上に軽々と始末する姿に怖がらせてしまったのだろうか。
だけど、彼はとても律儀でそんな不安もすぐ消え失せた。
【屈辱的とか、そんな…!オレは…いや、私は助けてもらった身です。むしろ、そこまでご迷惑をかけていいのでしょうか…】
【ふふ、なら私も迷惑だなんて思ってませんので。さぁ、乗って下さい】
【…し、失礼します】
【はい。なるべく響かないようにしますので…】
ずっしりとした重みが、いやに心地好かったのを覚えている。
「あのさ…名無しさん、女の子の顔してるよ」
「えっ…ど、どういう」
「恋する乙女?…自分の幸せも、そろそろ掴んでいーと、オレは思うんだけどね」
自分の幸せ。
そんなこと、考えた事もなかった。
でも、その通りかもしれない。
暗部であろうが、忍であろうが、一人の女には変わらない。
「…カカシさん、ちょ、ちょっと…私行ってきます…!」
「ん、幸運を祈る!」
もう止まらなかった。
私は立ち上がり、走り出した。
何を言えばいいのかなんて分からない。
ただ、今は一刻も早くあの人のそばに行きたい。
声が聞きたい。
皆に向けられるその暖かみのある声色と笑顔を、私にも向けて欲しい。
「あ、あの…イルカ先生…!」
「はい…?って…!あ、貴女は…!」
「そ、その…私、暗部所属の…じゃ、なくて!」
あまりにも興奮しすぎて、機密事項をポロっと口走ってしまった。
どうしようと、慌てふためいていると…
「…名無しさんさん、ですよね…?」
「あれ、私の事…知ってらっしゃるんですか…」
まさかの。
彼の口から、自分の名前が出た事に驚く。
同時に、唸る胸の鼓動。
「その…はい。ずっと、貴女を探してましたから…」
「バレてるなら仕方ありませんが…。あの事は気になさらないで下さいね、当たり前の事をしたまでです」
「いえ!お礼もそうですが…」
「?」
「貴女と仲良くなりたいと…。な、仲良くって子供じゃあるまいしですよね、アハハ!…えっと…オレ、名無しさんさんと近付きたい、もっともっと話がしたいって思ってました」
これは夢?
カカシさんの幻術?
頬をつねってみた、痛い。
「名無しさんさん…?頬、赤くなってますけど…」
「幻術…ゆ、夢かと思いまして…」
「…なるほど、じゃあオレも…っ、痛い」
「イルカ先生まで、どうして…」
「だって、貴女が話し掛けてくれるなんて…夢かと思ったんです。はぁ、夢じゃなくて…良かった」
はにかんだ笑顔に胸がきゅんとなる。
あ、れ…
なんだろ、顔が熱い。
「もしこれから予定ないなら…オレと話でもしませんか?」
「っ、喜んで…」
そっと差し出された手に触れる。
まるで壊れ物を扱うように包むそれに、涙が出そうになった。
血なまぐさい私に彼のような人はどう考えても釣り合わないと、そうやって何処かで自分の気持ちを押し殺していた。
だけど、もうだめだ。
想いは溢れた、彼が、イルカ先生が愛しいと。
「…好きです」
「……オレだって、好きですよ」
想いは、通じあった。
どうやら、とうとう私にも春が来るようです。
fin
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