此の嗜好


ボクはきっと歪んでいる。
泣いた君の顔が好きだなんて。

涙は美しい。
言葉に出来ない美しさがある。

どうしようもなく、唆られて…
もっともっと見たいって思う。

でも、君を傷付けたくはない。
でも、泣いた顔が見たい。

あぁ、なんて矛盾しているんだろう。



「ヤマト?ご飯口に合わなかった?」

「ん、いや…ちょっと考え事してて。気分悪くしたね、ごめん」



毎日、葛藤している。それは日に日に強くなって、名無しさんがいる前でも考え込んでいた。
ボクの為に栄養バランスを考えて作ってくれているのに、少しの罪悪感。

今日は自分が堕ちたのが解る。
これ以上一緒にいても楽しい食事の時間を過ごせる訳もなく、良い事なんてないと悟ったボクは箸を置き部屋に戻る手段を取る事にした。



「ご飯はいつも通り美味しいよ、ありがとう名無しさん」

「そっか、じゃあ…良かった」



戻る前に彼女の髪を掻き上げて額にキスを一つ。照れたように頬を染める名無しさん。

うん、とても可愛い。
自慢の彼女だ。

でも…唆られない。



「早いけど休むよ、おやすみ」



泣いた顔が見たい。
それでも、傷付けたくはない。
毎日、毎日、そんな考えが浮かんで…正直、頭がおかしくなりそうだ。

ボクは歪み、狂っている。まさかこんな事を考えているなんて君は思いもしないだろうね。



「名無しさん、ごめん」



やっぱり…そろそろ、限界かも。
ボクは意を決した。



「ヤマト?眠るんじゃ…」

「うん、眠るよ。永遠に」

「え…」

「ごめんね」



食器の片付けをしていた彼女。ボクが手を付けなかった食事にはラップをして、お腹が空いたらいつでも食べれるようにセッティングしてくれていた。

そんな名無しさんの前に立ち、ボクは手に持っていたクナイを自らの首に添えて引いた。

紅い血飛沫が舞う。
それは一瞬で意識が途切れる程の量だろう。

でも、此処で逝く訳にはいかない。



「きゃあああ!??や、ヤマト、ヤマト!!!」

「…がはっ…っ……ヒュー…っ…」



嗚呼、その顔。
ボクが大好きな顔、とても唆る。

ごめんね、限界だったから。
毎日の葛藤に疲れたボクは君の泣き顔を永遠に刻む事で幕を閉じようと思う。

君を傷付けずに…

心は、傷付けてしまったけど。


全てにおいて完璧で素晴らしい女性の名無しさん。ボクの自慢の彼女だった。
君が悪いんじゃない、ボクの、此の歪んだ嗜好が悪かっただけ。

ありがとう、最後まで。
その泣き顔、刻み込んだよ。

さようなら、愛する名無しさん。 



fin
20180122




[back]