母と…




土曜日、私は久しぶりに家までの道のりを歩いていた。



私の家は稲実と青道では稲実のほうが近く、鳴はなんだかんだでよく帰ってきていた。
まぁ帰ってきたところで私に球を受けろだの言うだけだのだけど。



「 まぁ。繭ちゃん!おかえりなさい!どう青道さんはー? 」



いきなりだけど私のお母さんは少し変わってると思う。いつまで経っても子供の事をちゃん付けで呼ぶし、わがままな事には全部対応してくれるし…ま、おかげであんな兄が出来上がったんだけど。
これはお母さんだけでなく、お父さんを始めお祖父ちゃんやお婆ちゃんも子供には甘い。



「うーん。普通かなぁ。」
「お友達はできたの?」
「うん。同じクラスの明るい子で最初はあんまりクラスとは馴染めなかったけど、今はクラスのみんなと話せるようになった。」



お母さんだけには昔ちょっと嫌だと言ったことがある。
けど、お母さんはただ話を聞いてくれただけで結局何も変わらなかったのは事実だけど。



「そう。良かったわね。っていうかいきなり帰ってきたからあ母さんびっくりしちゃった。何時までいるの?」
「あー。すぐに戻らないと行けないんだ。」
「そう。」
「うん。ちょっと忘れ物取りに来ただけだし。」
「そうなの。もう鳴ちゃんも繭ちゃんも居ないから寂しくて仕方ないわ。」
「あはは…」
「で、繭ちゃんは何を取りに来たの?」
「…グローブ。」
「え。」
「なんかね、野球したことがあるって言ったらキャッチボールしようって…先輩に。」
「そう。よかったわね。」
「うん。」




お母さんに別れを告げ、早々と家を後にした私は青道への道をゆっくり進むのであった。



「はぁー。やっとついた。」



実際にはそれほどない距離。ただ私にはその距離でさえ遠くに感じるのであった。



「そう言えば今日試合だっけ。」



途中にあるグラウンドを見てみるとそこには他校の制服を着た人達と青道部員の姿が見えた。



「わざわざ試合のあとに球受けてくれなくてもいいのになぁ。」



ぼそりとそうつぶやいた私は寮への道のりを歩くのだった。
おなかが減ったので何か食べようと食堂に行くとそこにはゆきがいた。



「あ、おかえりー。」
「ただいまー…って、あれ部活は?」
「午前中だけ。」
「あ、って事は今日は試合見に行かなかったんだ。」
「あ、…うん。…なんとなく」



心なしか、ゆきの顔は少し赤かった。



「え、なに?どうしたの?」
「…な、なんでもない。」
「ふーん。あ、私夜少し出るから。」
「へ?なにかするの?」
「…野球部の御幸一也って知ってる?」
「正捕手の人でしょ?お兄ちゃんが言ってた。」
「その人がキャッチボールしよって。」
「え、二人っきりで?」
「…多分?」



私の返事を聞いた途端、ゆきの顔色は急に変わった。まぁ言わずもがな、そこからはゆきの一方的な恋バナへと発展するのであった。
なんでそうなったのか、どこでであったのかなどその恋バナはながながと続き、私が寮を出る時間までおよぶのだった。



「もう行ってくるけど。」
「はぁーいいなー 。繭が恋かー。 」
「いやいや、恋はしてないし。」
「え、けど。好きなんでしよ?」
「…さあね。」



…まず、私は好きなんだろうか。



「っていうかゆきも一緒に行く?」
「いやいや、悪いからいいわ。」
「何が悪いのさあ?春市くんの所とか行ったらいいのに。」
「うーん…けど今日はいいや。あ、や、ほら。英語の課題まだ終わってないしね!」
「あ、ついでだから沢村の所もよっていこうかな。」
「え?なんで?」
「どうせ課題やってないだろうし。」
「まぁ、沢村だしね…。」



その後とりあえずノートとグローブだけ持って私は寮を出るのだった。



「って来たのはいいけど何時からやるつもりだったんだろう。」



御幸先輩にはただ試合後としか言われていなかったのでとりあえず寮の前まで来てみるとそこにはすでに人影があった。



「あ、きたきた。」
「遅くなってしまってすいません。」
「いや、俺も時間言うの忘れてたし。」



その人影とはもちろん御幸先輩なんだけど、ただ服装はジャージと少しラフな格好になっていた。
そしてスポサンではなく眼鏡になっていることからシャワーでも浴びたのだろうか。



「っていうか先輩スポサンとったら別人ですね。」
「えーこっちの俺もイケてるっしょ?」
「…ノーコメントで。」
「つめてーなー。とりあえず移動しようぜ。」
「けどクラスの女子はかっこいいって言ってましたよ。」
「えー。繭ちゃんも言ってくれないの?」
「言いませんね。」



その言葉を後に御幸先輩は移動を始めたので私は大人しく御幸先輩の後ろにただついて行くだけだった。



「…まじでここでやるんですか?」
「ん?なにか不満?」



…なんとなく私はグラウンドでやると思っていたんだけど、連れてこられた場所は室内練習場だった。今が夜なのを忘れていた。…まぁグラウンドなんかでやってたら片岡先生に見つかりかねないしな。
そして多分この時間は自主練の時間なんだろう、ここに来るまでの道のりも、室内練習場も野球部の人がいっぱいいる。



「ヒャハっ。お前自主連しないでナンパかよ。」
「…ははっ。ちょっと実力を見たくてな」



…すごく場違いな気がする。なんで野球部でもないのにこんな場所に。相変わらず御幸先輩はへらへらしているし、とりあえずムカつくんでその眼鏡割ってもいいですかね。なんて思いながら先輩を見ているとなぜか目が合ってしまい、目が合ったとわかった瞬間先輩の笑みはニヤッとした笑みに代わるのだった。…あー。これが沢村の言っていた性格悪眼鏡の顔。




「…で、御幸先輩、何が知りたいんですか?」
「お、 繭ちゃんやる気になってくれた! 」
「まぁもう仕方ないと思ってますからね。」
「とりあえず投げ込んでくれたらいいよ…あ、肩作れたら本気で」
「あ、そうですか。では遠慮なく。」



御幸先輩の顔は何かを企んでいるか全くわからない。
…というも肩作りなんてあんま普段やらないんだけどなぁ。



「おもしろそうだから見学してんぞ、御幸。」



そういうと倉持先輩は笑いながら近くのベンチに座るのであった。
御幸先輩もその場に構える。
私はとりあえずゆっくりとした速度のボールを御幸のミットに投げ入れた。
御幸先輩はナイスボールとか声をかけながら私に球を返してくれる。



「 やっぱ女子が投げると球威ってこんなもんだよな。」
「ま、そりゃそうだろ。」



10球ほど投げたときだろうか、見学していた倉持先輩が御幸先輩にそう言っているのが少し聞こえた。
まぁ、そうだよね。“普通”の女の子だったらこんな可愛い球で終わったのかもしれない。けどもう本気で行こう、そして早く帰ろう。



「御幸先輩、そろそろ本気でいっても?」
「おー。こい。」



それを聞くと、今度は本気で御幸先輩のミットに球を投げるのであった。
今までとは比べ物にならないスピードで投げたそれを御幸先輩は受け止めるのだけど予想外に大きな音を立ててミットに収まった。



「え。」
「…っ」
「今のなんの音だ?」
「あ、あいつが投げたボールの音じゃね?」
「は?んなまさか。」
「いやいや、まじだって。」
「じゃあ降谷並みの球を女が投げったっていうのかよ」



私が投げたボールはストライクの真ん中。まぁ打つ練習ではないしいいかなぁと思い御幸先輩が構えた場所に投げたのだけどちょっとインコースに近づいてしまった。
…っていうかちょっとなまった。まぁ最近投げることなかったしなぁ。



「は?今のマジ?」
「マジですね、多分。」
「ありえねーだろ。お前本当に女子か?」
「ちゃんと生物学的には女子ですよ。脱ぎましょうか?」
「いらねーよ。
っていうかお前があんなボール投げっから御幸のやつ固まっちまったじゃねーか。」
「いやだって、本気でこいって言ったのは御幸先輩ですよ?」
「まぁそうだけどさー。」



それから数分して、やっと御幸先輩は反応を見せたのだった。



「ははっははっ。 繭ちゃんやべー。え、 繭ちゃんもしかしてすごく有名だったりする? 」
「試合出たことないので有名になるはずはないですねぇ。鳴のバッティングピッチャーしかやったことはないです。もともと鳴の練習相手のために練習しただけなんで。」



…ただ反応してくれたのはいいんだけどすごくうざい。



「 え、バッティングピッチャー!?
それなら繭ちゃんもうマネージャーやっちゃいなよ。 」
「は?なんでそうなるんですか?」
「いーじゃん。いーじゃん。な、倉持もそう思うだろ?」
「おめぇはただ受けたいだけだろ。」
「えへへー。ばれた?」
「バレるわ。」



そういうと何故か目の前でコントが始まった。
…はぁ。マネージャーは4人もいるからいらないとおもうのだけど。



「何やってるの?御幸と倉持は。」
「なんか面白そうなことやってんじゃねーか、倉持。」
「あ、純さーん。聞いてくださいよ、こいつの球やばいんですって!」
「あぁ?」



現れたのは伊佐式先輩、小湊先輩をはじめとする三年の方々。



「純さんよかったら打席で見ますー?」
「あぁ?上等じゃねーか。」



そう言ってきた伊佐式先輩はすごくノリノリだ。



「言っとくけど、手加減すんなよ。」
「えー。じゃあ遠慮なく。」



御幸先輩はまさかのインハイの位置に構える。
…そこに投げて怪我でもさせたらどうするんだろうか。



「御幸先輩、アウトローに投げるので取ってくださいね。」
「はーい。」
「安心してください。コントロールはいいので。」
「はいはい。」
「こいや。おらぁ。」



さっきと同じように御幸先輩のミットに向けて投げる。
また凄い音を立ててボールはミットに収まるのだった。



「「「…!」」」



「…ほぅ。外いっぱいにこの威力か。」
「ね、すごいでしょ。純さん。」



何故か倉持先輩が嬉しそうだ。



「…おい。」
「はい。」
「やるじゃねーか、繭」
「…あれ、名前。」
「あー苗字の方が良かったか?わりぃな。あんま苗字を呼びたくなかったもんで」
「 いいですよ、名前で。」
「…そうか。」



何故かわからないけど純さんはちょっと嬉しそうだった。



「ってかよー、お前マネージャーしろよ。」
「っひゃは。純さん、御幸の奴と同じこと言ってますよ!」
「ぁあ?うっせー。
…って事はやんのかマネ?」
「いや、やらないですけど。」
「えーなんで、いいじゃん別にー。」
「…小湊先輩いつの間に。」
「ん?はじめからいたよ?」



…この人は魔王でしょうか。



「雪音に聞いたけど、繭部活入ってないんでしょ。」
「まぁ入ってはいないんです。」
「だったらいいじゃねーか。」
「…はぁ。じゃあちょっと考えさせてください。」



私の答えを聞くとその場に居た人達が全員嬉しそうな顔をした。その後、三年の方々は各々自主連に向かっていき、倉持先輩も自主連へと戻るのであった。




・・・・・・

「 繭ちゃん。 」



あの後私と御幸先輩は清心?の門のところまで歩いていた。



「御幸先輩今日はありがとうこざいました。」
「いーえ。 繭ちゃんさえ良かったら、マネージャーの件ゆっくり考えてみてよ。 」
「そうですね。」
「三年の先輩たちは 繭ちゃんの投球もっと見たいみたいだし。 」
「御幸先輩も、の間違いでは?」
「ははっ。そうだな。俺も見てみたいしな。
…俺たちは 繭ちゃんのこと必要にしてるからさ。 」
「まぁゆっくり考えます。…でわ。」
「あ、送るよ。」
「御幸先輩に送っていただくとあとが怖いのでご遠慮します。」
「こらこら。」
「…じゃあひとつだけお願いしてもいいですか?」
「ん?なに?」
「これ、沢村に渡しておいてください。」
「英語のノート?」
「週明けの課題があるんです。どうせ見せろっていってくるから。」
「ふーん。渡しておくよ。」
「ありがとうございます。でわ。おやすみなさい。」



色々なことがあった今日一日もこれでもう終わり。
なんだかんだで楽しい一日となったのだった。



第六話 end


(沢村、成宮からノート預かってるぞ。)
(なっ!?なぜ御幸一也が。)
(いや、俺先輩ね。)
(…は!?って事は明日には課題が。)
(…栄純くん。もうすぐテストだよ。)


(どうだった、デート!)
(いやいや倉持先輩もいたから)
(え?(赤面))
(え?)



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