その時分にはいつも中の間とか茶の間とかにいた、姉も田舎へ帰ってしまって、彼も座敷ばかりへ通されていなかった。時間になると小夜子は風呂へ入って、それから鏡の前に坐るのであった。顔をこってり塗って、眉に軽く墨を刷き、アイ・シェドウなどはあまり使わなかったが、紅棒で唇を柘榴の花のように染めた。目も眉もぱらっとして、覗き鼻の鼻梁が、附け根から少し不自然に高くなっているのも、そう気になるほどではなく、ややもすると惑星のように輝く目に何か不安定な感じを与えもして、奈良で産まれたせいでもあるか、のんびりした面差しであった。美貌の矜りというものもまだ失われないで、花々しいことがいくらも前途に待っているように思えた。彼女は何かやってみたくて仕方がなかった。小説を書くということも一つの願望で、庸三は手函に一杯ある書き散らしの原稿を見せられたこともあった。
「私は何でもやってできないことはないつもりだけれど、小説だけはどうもむずかしいらしいですね。」
「男を手玉に取るような工合には行かない。」
「あら、そんなことしませんよ。」
 化粧がすむと着物を着かえて、まるで女優の楽屋入りみたいな姿で、自身で見しりの客の座敷へ現われるのであった。座敷を一つ二つサアビスして廻ると、きまって酔っていた。呷ったウイスキイの酔いで、目がとろんこになり、足も少しふらつき気味で、呂律も乱れがちに、でれんとした姿で庸三の傍に寄って来ることもあった。
「相当なもんだな。」
 庸三は無関心ではいられない気持で、
「随分呑むんだね。そう呑んでいいの。」
「大丈夫よ、あれっぽっちのウイスキイ。私酔うと大変よ。」
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