彼は指頭や手の甲で涙を拭きながら、ペンを運んでいた。彼は次ぎの部屋で、すやすや明け方の快い睡りを眠っている幼い子供たちのことで、胸が一杯であった。宵に受け取った葉子の電報が、机の端にあった。
  アシタ七ジツク
 というのであった。
 病床にいる彼女と握手して帰ってから、もう二週間もの日が過ぎたが、その間に苦しみぬいた彼の心も、だんだん正常に復ろうとしていた。ここですっかり自身を立て直そうと思うようになっていた。その方へ心が傾くと、にわかに荷が軽くなったような感じで、道が目の前に開けて来るのであった。
 板戸も開け放したまま、筒袖の浴衣一枚で仕事をしていたのだったが、雀の囀りが耳につく時分に書きおわったまま、消えやらぬ感激がまだ胸を引き締めていた。
 電報を手にした時、彼は待っていたものが、到頭やって来たという感じもしたが、あわててもいた。
「……一年や二年、先生のお近くで勉強できるほどの用意もできましたので……」
 そう言った彼女の手紙を受け取ったのも、すでに三日四日も前のことであったが、立て続けに二つもの作品を仕上げなければならなかったので、あれほど頻繁に手紙を彼女に書いていた庸三も、それに対する返辞も出さずにいた。真実のところ彼はこの事件に疲れ果てていた。享楽よりも苦悩の多い――そしてまたその苦悩が享楽でもあって、つまり享楽は苦悩だということにもなるわけだし、苦悩がなければ倦怠するかもしれないのであったが、それにしても彼はここいらで、どうか青い空に息づきたいという思いに渇いていた。
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