お玉さんは切り口上でことわった。
「どうせ異人の妾だなんて云われた者を、どこでも貰って下さる方はありますまい。」
 その人も取り付く島がないので引き退がった。これに懲りて誰もその後は縁談などを云い込む人はなかった。
 詳しく調べたならば、その当時まだほかにもいろいろの出来事があったかも知れないが、学校時代のわたしは斯うした問題に就いてあまり多くの興味をもっていなかったので、別に穿索もしなかった。むかしのお玉さん一家に関して、わたしの幼い記憶に残っているのは先ずこのくらいのことに過ぎなかった。
 こんなことをそれからそれへと手繰り出して考えながら、わたしはいつの間にか流し場へ出て、半分は浮わの空で顔や手足を洗っていた。石鹸の泡が眼にしみたのに驚いて、わたしは水で顔を洗った。それから風呂へはいって、再び柚湯に浸っていると、薬局生もあとからはいって来た。そうして、又こんなことを話しかけた。
「あの徳さんという人は、まあ行き倒れのように死んだんですね。」
「行き倒れ……。」と、わたしは又おどろいた。
「病気が重くなっても、相変らず自分の方から診察を受けにかよって来ていたんです。そこで今朝も家を出て、薬罐をさげてよろよろと歩いてくると、床屋の角の電信柱の前でもう歩けなくなったんでしょう、電信柱に寄り掛かってしばらく休んでいたかと思ううちに、急にぐたぐたと頽れるように倒れてしまったんです。床屋でもおどろいて、すぐに店へかかえ込んで、それから私の家へ知らせて来たんですが、先生の行った頃にはもういけなくなっていたんです。」
 こんな話を聴かされて、私はいよいよ情けなくなって来た。折角の柚湯にもいい心持に浸っていることは出来なくなった。私はからだをなま拭きにして早々に揚がってしまった。
ナンパ ブログ
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -