入口で振り返る。僕の顔から五〇センチぐらい離れたところで、弓子のよく動く目が、いたずらっぽい表情を作る。白い頬が、うす暗い室内に浮かんだ。
 「私のではないわ。預かってきたって言ったでしょう」
 ちょっと鼻にかかった声が、聞きようによっては、僕をからかっているように響く。
 「規則なんです。投書を受け付ける時は、それが何年生の誰からの投書かをはっきり聞いておかなくちゃいけないんです」
 「匿名にしたいらしいの」
 「それ、だめです。匿名の投書は受け付けられません」
 「困ったわねえ」
 弓子は一歩、二歩、部屋の中に戻ってくる。その分、僕は後ろに下がる。隣の室内体育館から、バスケット・ボールをドリブルする音とホイッスルの響きがかすかに聞こえてくる。弓子は額に垂れかかった髪を右手で無造作にかき上げる。そして立ち止まり、腕を軽く組んで首をかしげる。
 「だって変な規則だと思わない。誰にだって名前を明かさないで自分の意見を言いたい時って、あると思うわ」
 弓子は反対側に首をかしげ直す。半袖のブラウスから伸びた腕が、胸を支えるようにして交差している。そこに目をやるまいとすると、僕は弓子の目を真正面から見つめていなければならない。
 「それじゃこうしましょう」
 弓子の目がまた動き、また笑う。
 「私は誰かに投書を頼まれた。それで、たまたま部屋にいた君にそれを渡した。君は部長に渡して彼に判断させればいい。私は代理、君も部長の代理の新聞部。お互いに代理なんだから私も君も最初からここにいなかったのと同じ。ね、それでいいしょう」
 弓子は結論が出たと言わないばかりに腕をほどき、もう歩き出している。
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