子供は老母から、いつかそんな唄を教わって、時々人を笑わせた。
 母親から突き放されたこの幼児の廻らぬ舌で弁ることは、自分自身の言語のように、誰よりも一番よく父親に解った。いらいらしたような子供の神経は、時々大人をてこずらすほど意地を悪くさせた。湯をつぐ茶碗が違ったと言って、甲高な声で泣き立てたり、寝衣を着せたのが悪いと言って拗ねたりした。
「床屋へ行って髪でも刈ってやりましょう。そしたらちっとせいせいするかも解らない。」
 お銀は思いついたように、下駄をはかして正一を連れ出して行った。旅から帰って来た時ほど、軟かい心持のいいベッドに寝かされたことは、これまで笹村になかった。前庭と中庭との間に突き出た比較的落着きのいい四畳半に宵々お銀の手で延べられる寝道具は、皆ふかふかした新しいものばかりであった。
 お銀の赤い枕までも新しかった。板戸をしめた薄暗い寝室は、どうかすると蒸し暑いくらいで、笹村は綿の厚い蒲団から、時々冷や冷やした畳へ熱る体をすべりだした。
「敷の厚いのは困る。」
「そうですかね。私はどんな場合にも蒲団だけは厚くなくちゃ寝られませんよ。家でも絹蒲団の一ト組くらいは拵えておきたい。」
 お銀は軟かい初毛の見える腕を延ばして、含嗽莨などをふかした。
 お銀の臆病癖が一層嵩じていた。それは笹村の留守の間に、ついここから二タ筋目の通りのある店家の内儀さんが、多分その亭主の手に殺されて、血反吐を吐きながら、お銀の家の門の前にのめって死んでいたという出来事があってからであった。その血痕のどす黒い斑点が、つい笹村の帰って来る二、三日前まで、土に染みついていた。
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