燭台の灯影のゆらぐ下で、二、三杯の酒に酔いの出た顔を焦らせながら、たまには上方語のまじる女たちの話に耳を傾けた。女たちのなかには、京橋の八丁堀で産れて、長く東京で左褄をとっていたという一人もあった。
「ここは駄目です。さアという場合に片肌ぬぐなんてことはありませんから。」
 その女は生温い土地の人気が肌に適わぬらしく見えた。
「その代りお座敷は暢気ですの。」
 東京へ帰って来てからの笹村は、しばらく懶け癖がぬけなかった。昼は庭に出て草花の種を蒔いたり、大分足のしっかりして来た子供を連れ出して、浅草へ出かけなどした。
 だんだん腹の大きくなって来たお銀は、側に寄りつく子供に対して、一層嶮しくなった。そして、「おッぱい、ないない。」と言って、襟を堅く掻き合わした。
「あなたに乳をのまれると、阿母さんは体がぞッとするようで……お父さん辛い辛いをつけてもよござんすか。」
 お銀はそう言っては唐辛を少しずつ乳首になすりつけた。
 子供は二、三度それをやられると、じきに台所から雑巾を持って来て、拭き取ることを覚えた。
「どんなにお乳がおいしいもんだか。」と、老母は相好を崩して、子供の顔を覗き込んだ。
 しょうことなしに老母の懐に慣らされて来た子供は、夜は空乳を吸わせられて眠ったが、朝になると、背に結びつけられて、老母の焚きつける火のちろちろ燃えて来るのを眺めていた。
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