旅で養って来た健康は、じきに頽れて来た。田舎の母の同居してる家では、リュウマチを患っている老人のために、上州の方から取り寄せられた湯の花で薬湯がほとんど毎日のように立てられた。笹村もそのたんびにその湯に浸った。それにそこは川を隔ててすぐ山の木の繁みの見えるところで、家の周りを取り繞らした築土の外は田畑が多かった。広縁のゆっくり取ってある、廂の深い書院のなかで、たまに物を書きなどしていると、青蛙が鳴き立って、窓先にある柿や海棠林檎の若葉に雨がしとしと灑いで来る。土や木の葉の匂いが、風もない静かな空気に伝わって、刺戟の多い都会生活に疲れた尖った神経が、軟かいブラシで撫でられるようであった。そこへ母や妹が入って来さえしなければ、笹村はいつまでも甘い空想を乱されずにいることが出来た。
 たまには傘をさして、橋を渡って、山裾の遊廓の方へ足を入れなどした。京の先斗町をでも思い出させるような静かな新地には、青柳に雨が煙って檐に金網造りの行燈が点され、入口に青い暖簾のかかった、薄暗い家のなかからは、しめやかな爪弾きの音などが旅客の哀愁をそそった。笹村は四、五歳のおり、父親につれられて行って、それらの家の一軒の二階の手摺り際から眺めた盆踊りのさまや、祭の日にこっちの家の二階から向かいの家の二階へかかった床に催される手踊りなどを思い出していた。
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