病気の間もそうであったが、養父が湯治に行ってからは、青柳がまたちょくちょく入込んでいた。それでなくとも、十年来住みなれて来ながら、一生ここで暮せようとは思えなくなった家に、めっきり親しみがなくなって来たお島は、よく懇意の得意先へあがっていって、半日も話込んでいた。主人に代って、店頭に坐ってお客にお世辞を振撒いたり、気の合った内儀さんの背後へまわって髪を取あげてやったりした。
「私二三年東京で働いてみようかしら」お島は何か働き効のある仕事に働いてみたい望みが湧いていた。
「笑談でしょう」内儀さんは笑っていた。
「いいえ真実。私この頃つくづくあの家が厭になってしまったんです」
「でも貴方にぬけられちゃ、お家で困るでしょう」
「どうですかね。安心して私に委せておけないような人達ですからね。何を仕出来すかと思って、可怕いでしょう」お島は可笑しそうに笑った。
 目こする間に、さっさと髷に取揚げられた内儀さんの頭髪は、地が所々引釣るようで、痛くて為方がなかった。お島は或時は、それとなく自分に適当した職業を捜そうと思って、人にも聞いてみたり、自分にも市中を彷徨いてみたりしたが、自分の智識が許しそうな仕事で、一生懸命になり得るような職業はどこにも見当らなかった。坐って事務を取るようなところは、碌々小学校すら卒業していない彼女の学力が不足であった。
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