恋愛のことに就いては、いつも自ら深く感じ入って説くのであるが、さて自身にはいまだ一度も恋愛ちょうものを味うたことは無いので。
 彼はかくも神経質で、その議論は過激であったが、町の人々はそれにも拘らず彼を愛して、ワアニア、と愛嬌を以て呼んでいた。彼が天性の柔しいのと、人に親切なのと、礼儀のあるのと、品行の方正なのと、着古したフロックコート、病人らしい様子、家庭の不遇、これらは皆総て人々に温き同情を引起さしめたのであった。また一面には彼は立派な教育を受け、博学多識で、何んでも知っていると町の人は言うている位。で、彼はこの町の活きた字引とせられていた。
 彼は非常に読書を好んで、しばしば倶楽部に行っては、神経的に髭を捻りながら、雑誌や書物を手当次第に剥いでいる、読んでいるのではなく咀み間合わぬので鵜呑にしていると云うような塩梅。読書は彼の病的の習慣で、何んでも凡そ手に触れた所の物は、それがよし去年の古新聞であろうが、暦であろうが、一様に饑えたる者のように、きっと手に取って見るのである。
川口 歯科
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