「帰ってみて、もし行くところがなくて困るような時には、いつでも遣って来るさ」浜屋は切符をわたすとき、お島に私語いた。
 停車場では、鞄や風呂敷包をさげた繭商人の姿が多く目に立った。汽車に乗ってからも、それらの人の繭や生糸の話で、持切りであった。窓から頭を出しているお島の曇った目に、鳥打をかぶって畔伝いに、町の裏通りへ入って行く浜屋の姿が、いつまでも見えた。汽車の進行につれて、S――町や、山の温泉場の姿が、段々彼女の頭脳に遠のいて行った。深い杉木立や、暗い森林が目の前に拡がって来た。ゆさゆさと風にゆられる若葉が、蒼い影をお島の顔に投げた。
 自分を窘める好い材料を得たかのように、帰りを待ちもうけている母親の顔が、憶い出されて来た。お島はそれを避けるような、自分の落つき場所を考えて見たりした。

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テーマ「人外ファンタジー」
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