庸三ほどルウズな頭脳の持主も珍らしかった。
 ここは水に臨んでいるというだけでも、部屋へ入った瞬間、だれでもちょっと埃っぽい巷から遠ざかった気分になるのであったが、庸三たちには格別身分不相応というほどの構えでもなく、文学にもいくらか色気のある小夜子を相手に無駄口をききながら、手軽に食事などしていると、葉子事件に絡む苦難が、いくらか紛らせるのであった。
「いつかも伺ったけれど、小説てそんなにむずかしいもんですの。」
 小夜子はこのごろも書いたとみえて、原稿挟みを持ち出して来て、書き散らしの小説を引っくらかえしていたが、庸三はこの女は書く方ではなくて、書かれる方だと思っていたので、
「やっぱり五年十年と年期を入れないことには。何よりも文章から初めなくちゃ。」
 と言って笑っていたが、今のように親しくなってみると、変化に富んだ彼女の過去については、何一つ纏まった話の筋に触れることもできなかった。
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