内ポケットの釦を外して、大きな茶色の封筒を取り出して、私の前に差出した。
 私はいつの間にか棒立ちになっていた。依然として無言のまま、感心も、驚きも、又は面目なさも通り越した厳粛な気持になって、その封筒を受取る器械みたように受取って、検める器械みたように検めた。中味の書類はフールスカップの半帳を綴じたもので、ノート風の横書の文字がびっしりと詰まっているが、二年の時日が経過しているので、インキの色がいくらか変っている。それを拡げて見ると中から志村浩太郎氏の写真入りの古ぼけた旅行免状が一通出て来た。
「僕は……それを見てから、昨夜じゅう夜通し眠られなかったんです。そうして今朝すこしばかり眠って、眼が醒めるとすぐに曲馬団を飛び出して来たんです。……もう……我慢……出来なくなっちゃって……」
 少年の声は急に曇った。ハンカチで顔を蔽うと同時に肩をすぼめて戦かしながら、机の上に突伏した。
 私は廻転椅子の中にどっかりと落ち込んだ。そうして忍び泣く少年の姿を見ないように横向きになったまま、わななく指で第一頁を開いた。小生は右の通り貴下と一面識もなき、一介の米国移住民であります。ですから左に申述べますような事を貴下に御依頼致しますのは非常な失礼で、且つ僭越である事を、深く自省致しておる者であります。しかし小生は小生の自殺に就いて、一度は必ず貴下のお手数を煩わすに違いないであろう。そうしてそのような事情に立ち到りましたならば、貴下は必ずや小生の死状及び、自殺の原因について深い疑問を抱かれるでありましょう。そうして今日迄、幾多の難事件を解決されました場合と同様に、貴下は事件の根本的原因に対して、単身、極秘密の研究調査を遂げられるでありましょう。
幡ヶ谷 歯科
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