それは疾走都市、ないしは拡張都市と名付けられるはずだった」
 しゃがれた男の声が、陽気な歌を歌い続けている。あれは恋の歌、だろうか。満月が相変わらず古風な邸と中庭の木立ちを照らしている。ここでは月さえも舞台装置に使って、市長の好みの風景を作れるのだろうか。
 「その理想の都市は、できたんですか」
 「これから作る」
 市長はそう言うと、また新しい煙草に火を付ける。

 「帝都」の繁華街を見下ろすカフェの二階で、若い断髪の女が細身のシガレットに紙マッチで火を付けた。蓄音機からはオペラの、ドイツ語のアリアが流れている。
 『理想の町はできましたの』
 『これから作ります』
 『お人好しね、相変わらず。お仲間はとっくに田舎に帰ってしまわれたのに』
 『ですからボクも帰ろうかと思うんです。あそこに帰ればあいつがいるから。あいつと一緒なら、ボクにはやれる。あいつにはボクの持っていない能力がありますから』
 『だからあなたより先に、さっさと見極めを付けてしまわれたのじゃない?』
 『ボクも運だめしをしようと思って。……ボクはまずあなたをさらいます。そしてあなたに丸ごと捧げる町を作るつもりです』
 『欲ばりなお人好しさん。それならば私なんかじゃなくて、最初から町そのものをさらえばいいのに。お人好しさんがさらった町がどこまで走って行くか、私、見ていてあげてもよくってよ』
 『町では
  いろんなことが同時に起こるだろう
  行け 即時           
  光の速度で      
  第三の場所 
  あの十字街へ!!!
ボクと一緒に走ってくれるんですか』
 『あなたがさらった町ならば。だってあなたは私をさらっていきたいんでしょ?
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