鉢屋三郎
※出無精鉢屋と彼女のお話
「三郎」
私は眉をひそめて何回目か、三郎の名前を呼ぶ。三郎は炬燵にくるまったまま「なに?」と返事を寄越す。
「行こうって!せっかく割引券もらったんだよ!」
「えー」
「もうなんで三郎はいっつもいっつも……ほら!コート着て!遊園地だよ三郎くん。ジェットコースター好きでしょ?」
「嫌だ寒いし寒いし寒いし寒いし寒いし、あと寒いし」
「……三郎は私と炬燵どっちが大事なの」
「こた………お前」
「炬燵って言おうとした!今、炬燵って言おうとしたな!」
腕をつかむ私に、三郎はじたばた抵抗する。よっぽど炬燵から出たくないらしい。ふざけんな。
「もー……」
三郎の服を掴んだまま、すとんと座り込む。もういいよいいよ。三郎の出不精め。
「……家で良いじゃないか。なんで出掛けたがるかな」
寝っ転がったまま三郎が見上げるようにして私を見る。私は三郎の服から手を離して、ポケットの割引券をぴらぴらと揺らした。
「だって……クリスマスだし」
「なんだそりゃ」
「ここ、この遊園地。この間友達と行ってきたんだけど、思ったの。……三郎と来れたら楽しいんだろうなぁって」
「ふ、ふーん」
「だからせっかく」
ムスッと膝を抱える。遊びに行ったらきゃっきゃっ遊ぶくせに、こいつは出掛けるまでが大変なのだ。
「……なんだよ」
声のトーンが拗ねたように下がったので、思わず顔を上げて三郎を見る。三郎はゴロゴロと転がりながら唇を尖らせた。
「外でキスしようとすると嫌がるくせに」
「ばっ……それはっ」
「恥ずかしいから、だろ?」
「あー……えー…」
さらに深く膝を抱えて足の間に顔を埋める。もぞもぞと動く音がして、顔をあげればいつの間にか炬燵から出た三郎が私の前にストンと座っていた。
「だから、俺は家がいーの」
「は?」
意味がわからず首をかしげると、いきなり視界が阻まれて唇に感触を覚える。
「家なら、いつキスしても要は怒らないし」
「いっ……いきなりは怒る!いきなりは怒るから!」
「あとあったかいし」
抱えていた膝が解かれ、三郎が私の腰を両手で抱く。今まで炬燵に入っていた三郎の体は、私より暖かい。
「さ、三郎」
「ふ、変な顔」
息つく間もないくらい、キスが降ってくる。外に出たくないのを誤魔化されているだけなのだ、と頭の隅ではわかっているのに。
拒めない。
「んっ……さぶ、息っ…」
「あ、そうだ要」
「え……?」
「鍋。鍋なら良いぞ。鍋の具材買いに行くなら、私はついて行ってやる」
「……」
『お砂糖菓子の囁き』
(誤魔化されてばっかり)
[ 4/8 ]