こちらへおいで
「はぁ」
とりとめもなく、俺は縁側に腰掛けて月を眺めていた。
まん丸の綺麗な月明かりに酔いしれるというなんとも風情のあってよろしいことだが、そこらからかすかにギンギーンだのいけいけどんどんだの聞こえてくるので、風情もなにもあったものじゃなかった。
六年い組に編入を果たした俺は曖昧だった知識や暗号なんの使い方、読み解き方に感心しつつ授業を受けた。
ここを卒業して忍術学園卒業生という証がほしいだけとはいえ、せっかく忍びのことを学ぶのだから無駄にはしたくない。
だが、
真面目に授業を受けていた立花や潮江に、授業が終わった途端声をかけられた。
「伊吹、もう入る委員会は決めたのか」
と。
「は?なんのことだ」
意味がわからない俺は眉をひそめて言葉を返す。立花は知らないのかという表情で口を開いた。
「この学園には9つの委員会があるんだ。どこも人手が足りていないから、みんな伊吹を欲しがっている」
「俺を?」
「本当は同じクラスからは同じ委員会の被りは駄目なんだが、学園長が特別に許可してくださっているからな。ま、いつもの思い付きだろうが、願ってもない話だ」
潮江が笑いながら俺の肩に手を置いた。
「会計委員会に入らないか?伊吹」
「私が隣にいるというのに堂々と抜け駆けとはな、文次郎」
「ふん、早い者勝ちだ」
「……悪いが」
睨み合う2人に俺は教科書を持って立ち上がる。潮江の手が肩からするりと落ちた。
「俺は委員会とやらに入る気はない」
「え?」
きょとんと潮江が首をひねる。いや首をひねりたいのはこっちだ。委員会というものに必要性を感じない。
「それに今、俺が委員会に入ったところでなんになる。なんにもならんだろ」
「そんなことありません!」
スパンッといきなりい組の教室の扉が開かれた。なんだなんだと目をやれば、見たことのない、ええと記憶が正しければ五年生の忍服を纏った生徒が1人。
「はじめまして伊吹先輩!俺、五年生の竹谷八左ヱ門といいます!」
「お、おう」
「生物委員会は、五年生である俺が代理で委員長を務めているんです!なんにもならんだなんてそんな!伊吹先輩が委員長になって下さったら、生物委員会も安泰ですよ!」
「ならんけどな、委員長に」
また俺の周りにはいなかったタイプに押され、教科書でブロックしつつ身を引く。
「何故です!?伊吹先輩、背が高いですからうちのチビたちも喜びますよ!もれなく食満先輩が嫉妬しますって!」
「何故だ!」
というか、何故一年生というのは背が高いのを好む!俺が忍の里にいたころは、一年生ぐらいの子供はこぞって背の高い俺を怖がっていたぞ!
「いやいや伊吹。貴様は戦の作法なんかの教養が頭に入ってないようだからな?作法委員会に入れば私が手取り足取り教えてやるぞ?」
「上から目線なのは何故だ」
「いやいやいや伊吹!お前は五年間も独学で忍術を勉強してきたんだろ?なかなか根性がある!会計委員会にはいれば、さらにギンギンに鍛錬ができるぞ!」
「いや、だから俺は」
「お願いしますよ伊吹先輩!可愛い後輩の頼みを聞いてくださいっ…!」
「可愛い……?」
俺の右肩に手を置く立花と、その反対側の肩に同じく手を置く潮江。そして目の前で手を合わせる竹谷に、俺はブロックしていた教科書をそのままにため息をついた。
「断る」
「えええー!?」
「なぜだ!うちに入れば、もっと技術がギンギンに磨かれるというのに!」
「たかが作法と侮ってはならないぞ伊吹」
身を乗り出す三人に、俺はとりあえず目の前の竹谷の顔を教科書の面でべしりと叩いた。
「いたっ!?」
「ギンギンだがガンガンだか知らんが、俺は委員会に入るつもりはない。鍛錬なら1人で出来る。複数固まる理由がないだろう」
その言葉に、いたたーと鼻をおさえていた竹谷がポカンと口を開けた。立花と潮江まできょとんとしている。
「あ?なんだ」
「あ、あの、伊吹先輩、失礼ですが」
「?」
「伊吹先輩って、友達いません?」
おそるおそる聞いてくる竹谷に、俺は眉をひそめてふと思考を巡らせた。
「………友達ってのは、あれ、だろ?一緒に遊んでいるやつのことだろ?」
「は、はぁ、まぁ。簡単に言うとそうですね」
「里でそれみたいなのは見たことがあるぞ」
「いや、あの」
「伊吹」
そ、と今度はやさしく俺の肩に立花の手が乗せられた。
「心配するな、私とお前はもう友達だ」
「は?」
「先輩!大丈夫ですよ!俺もいますから!」
「な、なんだ?」
「伊吹……仲間がいるのは……良いことだぞ」
「腹立たしいからその眼差しをやめろ潮江」
肩に置かれた潮江の手を引きつる表情で振り払う。まだ勧誘を続けようとする三人を無理やり振り払い、俺は教室から逃げ出した。
→
続きます。
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