集まり始めた存在

忍術学園。
忍者を育てる忍者のための学校で、生徒たちは忍者のたまご、つまり忍たまと呼ばれる。


忍たまたちの朝は早く、朝は学年ごとにいくつかある井戸の使用が振り分けられているらしい。欠伸をかみ殺しながらてぬぐいを引っさげて井戸に向かうと、会いたくなかった人物が馴れ馴れしく俺に挨拶してきた。


「おはよう!伊吹!」


「……」


「むっ、伊吹!朝は気持ちの良い挨拶から始まるものだぞ!おはよう!伊吹!」


「お前が俺の部屋の障子をぶっ飛ばした張本人じゃなけりゃ、俺ももう少しマシな態度を取るんだがな、七松」


「えー…謝ったじゃん」


「謝ったか?謝ったのかあれは!」


「あー……謝ってないかも、ごめんな伊吹!」


「ぜってぇ許さねえ」


ジロリと七松を一瞥して、井戸から水を汲み上げる。その後ろでごめんなごめんなと七松がうるさかったが無視した。


「おはよう、伊吹」


「……ああ立花、おはよう」


「なんで仙蔵には挨拶するんだ!なー伊吹!」


「自分の行いを思い出せ、そして心から詫びろお前は」


立花は顔を洗って手拭いで拭いながらくすくすと笑う。


「朝から元気だな、伊吹」


「どこがだよ。どこ見たら俺が元気に見えるんだ」


「あ、伊吹!おはよう!」


善法寺がぱたぱたと駆け寄ってきた。その後ろにもう1人誰かを連れている。


「伊作!そんなに急ぐと転ぶぞ!」


「大丈夫だいじょ……あっ!?」


なにもないところで善法寺がなにかに足を取られた。なぁなぁなんで?なんでだよ?昨日、善法寺のこれに散々迷惑をかけられた俺は、慌てることなく善法寺を受け止める。


「わっ」


「大丈夫か」


「あ、ありがとう伊吹」


「お前本当に気をつけろよ。怪我で済むうちはいいけど」


そのうちポッキリ死ぬんじゃないだろうか、こいつ。伊作は俺の腕を掴んだまま、顔を赤らめて下を向いた。


「……ありがとう」


「?」


「すまんな。ありがとう……で、はじめましてだよな?」


親しげにとんと肩を叩かれて、顔を上げる。伊作の後ろにいた男だ。同じ色の忍服、六年生か。


「ああ、ここに編入してきた天城伊吹だ」


「伊吹か、俺は食満留三郎。伊作と同じ六年は組だ。よろしくな」


「………こちらこそ」


違和感。
違和感を覚える。


「……?」


「伊吹?はやく行かないと食堂が混んでしまうぞ」


立花に呼ばれ、俺は生返事を返すと井戸の水で違和感を流して手ぬぐいで攫った。


※※※



「伊吹、今日はこの辺にするぞ」


「あぁ?なに言ってんだよ長。まだ日はあんなに高いのに」


「お前を遊びに誘って子供たちが来たのじゃ。遊んでおいで」


俺は顔をしかめる。
長は俺に木の棒を持たせて軽く背中を叩いた。


「チャンバラしといで。お前はなかなか筋が良いからのぅ。友達に教えておやり」


「………いやだ」


「ん?」


俺は棒を長に構えて首を振る。チャンバラ?遊ぶ?俺にそんなことをしている暇はない。俺は一刻も早く、強くならなければならないんだ。


「遊ばない。俺のやってることは遊びじゃない」


遊んでなんていたら兄たちに馬鹿にされる。金も稼げないくせに、って。俺は役立たずにはならない。


「伊吹。遊ぶことは修行じゃ。あの子たちと鬼ごっこをすると、足腰が鍛えられる。かくれんぼをすると、忍ぶのが上手になる。チャンバラをすると、剣術の上達に繋がる」


「修行なら長とする!長は俺を強くしてくれるんだろ!?なんで遊べなんて言うんだよ!」


長は俺を子供だと思っているんだ。まだ体力も筋肉もないから、手裏剣や忍術を教えてくれないんだ。俺を能無しだと思っているんだ。


「俺がもう少し強くなったら、もっと修行してくれるよな?」


「伊吹?」


「俺、いってくる」


遊びに誘いにきたという俺と同い年くらいの少年二人を押しのけて、俺は修行場を飛び出した。たしかあっちに長が夜行修行に使っている崖があったはずだ。あれが登れるようになればきっと。









伊吹。


「伊吹!」


「!、なんだ」


「どうしたの伊吹?ぼーっとして」


顔を上げれば善法寺が心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。手元にはほとんど手がつけられていない朝食があり、俺は慌てて箸を持ち直す。


「あ、いや、なんでもない」


ずいぶん懐かしいものを思い出した。あれは長と修行を始めてまだ間もないころだったか?


「……はぁ」


「ご飯たべたら授業だけど、もしかしてよく眠れなかった?」


善法寺が心配そうな表情で俺の顔をのぞきこむ。俺はそれをじっ、と見つめ返した。


「……」


「……え、えっと伊吹?なぁに?」


「ああ、いや」


ずっとずっと1人だった。
"あれ"が起こってから俺はずっとずっと1人だったんだ。


なんか、なんだか、


「(変な感じだ)」





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