とある編入生の噂
「編入生?六年にか?」
医務室のなか。今日はとても天気が良いので障子を開け放って、お茶を入れていると仙蔵が通りかかった。
一緒にお茶でもとすすりながら出た話題は、先ほど新野先生に聞いたものだ。忍術学園に転校生が来るらしい、と。しかも六年生に入ると聞く。
「どこの奴だろう、六年にというのだから相当腕が立つのだろうな」
「案外、喜三太と同じ風魔の里からきた人かもね」
「……喜三太の名前を出すな。わざとか伊作」
「?ごめん」
「それでその転校生というは、いつこっちに来るんだ」
「もうこっちに来てるんじゃないかなぁ。今日、学園長にご挨拶するそうだから」
「ふぅん」
一息お茶をすすり、気持ちよく晴れた空を見上げる。
「さて、どんなやつがやって来るのか」
※※※
「お前は笑わぬのう」
「あ?」
長が突然、変なことを言い出した。俺は眉をひそめて、抱き上げた子猫を膝に置く。
「なんだよ、長」
「可愛らしいのだろう、その子猫。柔らかく、愛らしく」
「?ああ」
「ならそれを素直に顔にお出し。誰も咎めたりせん」
「顔に出す?なにをだよ」
「笑顔じゃ」
「ああ、笑えって?構わねぇだろ別に。俺が笑ったって、誰も喜ばねーよ」
「私が嬉しい」
「っ?」
息が止まった。
なんだそれ。意味がわからん。
「お前が笑ってくれると、私も嬉しくなる。笑っても良いのだ、伊吹」
「!」
「あ、起きました?もう少しで忍術学園ですよ」
「ああ、すいません」
がくんっと揺れた体に俺は眠っていたのか、と目をこする。せわしなく揺れる馬上でよく眠れたもんだな。
「休憩しますか?」
「いや、構いません。このまま忍術学園までお願いします」
「はい。ではしっかり掴まってくださいね」
にこりと微笑んだ馬借の人が、前を向いたので俺はそのまま視線を落とす。
長。俺はあんたの言ってたことの数々が、まだよくわからない。
「……ん」
もう少し寝ても良いだろうか。荷造りでバタバタしていたせいか、少し眠たい。うとうとと瞳を閉じようとしていた俺にそれは小さく聞こえた。
「!」
「?どうかしました?」
急に勢いよく頭を上げたのを背中越しに感じ取った馬借の人が、振り向いて首をかしげる。
「すみません、ここで降ろしてください」
「へ?でもまだ……」
「大丈夫です。場所はわかっていますし、ここからならそう遠くないんすよね?」
「ええ、そうですけど……なにかご用時でも?なら俺待っていますよ?」
「気にしないでください。料金は言われた金額払います」
首を振ると馬借の人は困ったような顔をして、ひとまず馬を止める。よ、と降りると馬借の人は「本当に、待っていますよ?俺」と眉を下げた。
「平気ですよ」
「でも…」
「俺もう行きます。無理言ってすみませんでした。馬借さん」
「清八。清八です、俺」
「え?あ、あー……清八、さん」
「はい」
「あー……俺、伊吹です。天城伊吹」
「伊吹さん。また、お会いできたら嬉しいです。ご利用ありがとうございました」
「え。あ、どうも…」
爽やかな笑顔を振りまいて、馬借の人。清八さんは馬を走らせ、引き返して行った。
「変な人だな」
眉をひそめ、とりあえずさっき聞こえた小さな声の方向へ歩く。
「意地汚ねーな!」
「離せよ!俺んだ!」
「囲め!蹴れ蹴れ!」
飛んでくる罵声。みれば、少年を少年より一回り大きな少年たちが囲み、殴る蹴るの暴行を加えていた。
「っ…ぃっ…!」
少年が声を上げる暇もなく、殴りや蹴りが雨あられのように降ってくる。俺は呆れ顔でそれに近づいた。
「おい」
拳を振りかざす少年の手を掴む。背の高い男の登場に、少年たちは息を飲んで手や足を止めた。
「なんだよ離せよ!」
「ピーピー喚くんじゃねぇよ。おい、事情を説明しろ」
「は、はぁ?」
「事情だ事情。物事が起こるのにはなにかしら理由があるもんだろうが。それを説明しろっつってんだよ」
苛々しながらも少年の手を離し、腕を組む。解放された少年はサッと仲間の方へ駆け寄って、俺を睨みつけた。
「それともお前らはなんの理由もなく人間を殴る蹴るすんのか?趣味なのか?」
「ふざけんな!そんな趣味があるかよ!」
「ああ、そうだろうよ。とっとと説明しろ」
「…っ…こいつが」
うずくまる少年を指差して、少年はぐずりながら口を動かす。
「こいつが、俺の小銭を盗ったんだ!」
「盗ってなんかねーよ!あんたが落としたのを拾ったんだ!」
うずくまっていた少年が噛みつくように反論をするが、少年三人も負けない。事情を聞くに、小銭を落とした瞬間、目も止まらぬ速さでこの少年がやってきて小銭を盗ってしまったらしい。
「なんだそりゃ」
はぁ、とため息をつく。蹴られたせいで泥だらけの少年は、なにかを握り締めた右手をさらにぎゅうと握り、自分より体の大きな少年三人にも怯まず噛みつく。
「落としたから拾った!拾ったんだから俺のだ!ドケチは一度掴んだ小銭は死んでも離さねぇ!」
「このっ……」
「やめろ」
掴みかかろうとする少年の一人を腕を掴んで止める。
「なんだよ!こいつが悪いんだ!離せよ!」
「ああそうだ、こいつが悪い。だがお前、もう充分こいつに制裁を加えただろうが」
「はぁ!?」
「ここから先はただの暴力だ」
俺は泥だらけの少年に対峙して、いや見下ろしながら問う。
「お前、名前は」
「……きり丸」
「きり丸、それはお前のものじゃねぇよな?返せ」
「……っ」
「返せ」
きり丸の目に涙が溜まっていく。意味がわからん、なぜ泣くんだ。
「あのなお前が悪いんだぞ?わかってるか?」
「力ずくで取り返すからもういい!退けよ!」
あーもう。これだから子供は嫌いだ。村の子供なら何発か制裁という名の鉄槌を加えるところだが、そうもいかない。
「何枚とられた」
「は?」
「何枚とられたんだよ」
「?に、二枚だけど」
「わかった。ん」
少年の手にちゃりんと二枚の小銭を乗せる。少年たちは目をぱちくりと丸くして、俺を見上げた。
「それで問題ないな?お前らの気は済むな?わかったらとっとと行け」
睨むつもりはないが、すうっと目が細くなるのを自分で感じた。少年三人はびくりを肩をすくめ、慌てて頷いて踵を返す。
走り去っていく少年たちを見送り、俺はぐるりときり丸の方を向いた。
「な、なんだよ」
「どんな事情があるにしろ。お前がしているのはいけないことだ。俺がそれをすると長に木に吊される」
「は、はぁ?」
「その小銭はやる。反省しろよ」
ああいかん。
無駄な時間を食ってしまった。今日中に学園長に挨拶やらしなきゃいけないのに。
何事をなかったかのように踵を返し、なにか言いたげなきり丸の視線は無視した。
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