人は1人では生きられない
「お前はだから駄目なんだ」
これが長男の口癖。
「なぜこんな簡単なことが出来ない?」
これが次男の口癖。
「ざっけんな!見てやがれ!ぜってぇ後悔させてやる!」
そしてこれが、三男である俺のささやかな反抗だった。
毎日毎日、兄たちに囲まれて、無能さを責められる。兄たちに生かされる。
とうとう我慢出来なくなった俺は、兄たち啖呵をきりがむしゃらに家を飛び出す。だが10歳の少年が独りで生きていけるほど、世の中と人生というものは甘くはなかった。
山のなかで俺は身なりの粗末な、だがガッシリとした体の男たちにあっという間に囲まれ死と直面した。
「身包み全部置いてきな」
一番前の男が腰を抜かした俺を見下ろす。言葉の意味が理解できず、ただ見上げる俺に周りの男の1人が俺を蹴り飛ばした。
痛い、より驚きの方が先に来た。蹴られた。いきなり。なにもしてないのに。
頬をかすめる激しい熱と強い土の匂い。逃げなくてはとわかっているのに震えて動かない足。ガクガクガクガク。
「おい坊主、立て」
「だからお前は駄目なんだ」俺は駄目なのか。
「なぜこんな簡単なことが出来ない?」兄達にとってはこれは簡単なことで、俺は出来ないのか
「……っぁ……ぅあ…」
「ピーピー泣いてんじゃねぇぞ!」
俺にはどうしようも出来ない状況だと痛いくらいわかる。もう一度、蹴りが入れられた。本能的に体を縮め、痛みを少しでも和らげようとする。でも、それだけだった。
「おいおいあんまり苛めるな」
「へへっむしゃくしゃしてたんだ、丁度良い」
「大荷物だなぁ坊主。お、金も持ってんな。すっくねぇが」
「なんだぁ、家出か?母ちゃんと喧嘩でもしたか?不幸だったなぁ、おじちゃんたちに捕まって」
いやだ、いやだ。
どうしようどうすれば。誰か誰か俺を助けてくれる人は。
「……っ…」
俺の脳裏に浮かぶのは、兄達しか居なかった。
嫌だ。
「ぅう……ああ…」
兄貴たちに助けてもらうなんて嫌だ。
「うああああああ!!!」
こんな簡単なこと、俺は1人で、1人で出来る!!!
「っ取り押さえろ!!」
突然大声を上げた俺に、男たちの対応は早かった。取り押さえようとのばされた手を、めちゃくちゃに手と足を動かして振り切る。
「押さえろ!!!」
しかし、さっきまで震えていた俺の足がしっかり走れるわけがなかった。いとも簡単に捕らえられ、また地面に転がる。
嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!駄目じゃない!俺は駄目なんかじゃない!俺は!
「貴様らなにをしている」
その声は鋭く、静かだった。
そしてその人は紛れもなく、俺の救い人だった。突然現れた老人によってあの男たちがいとも簡単に伸され、道端に転がる。まるで俺のように。
「大丈夫かね坊や。ああ、血が出ている。可哀想に。送ってやろう、家にお帰り」
近くに転がっていた俺の荷物を持ち上げて老人は穏やかに笑ったが、俺はそれに首を降った。
「っ帰らない、俺は帰らない。強くなるまで絶対に帰らない!」
「……ほう」
悔しい。悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい!
どうして俺は!
「強くなりたいか」
怪我のせいか上手く呼吸が出来ない。足は痛いし、肺を動かすたびに胸がきしむ。
大声出すんじゃなかった。
「なり、なりたい、1人で、俺は1人で生き……」
母さんも父さんも戦で死んだ。兄に食わされる飯なんか、もう嫌だ。兄の言いなりなんか、もう嫌だ。兄の金で生きる人生なんて、要らない。
「変えて、やる、!ぜんぶ、俺は、1人で、」
「良いだろう」
老人は傍らに荷物を置くと、静かに俺の頭に手を置く。人に頭を撫でられるのは、久し振りだった。
「私の持つものを、お前に授けよう」
「……、ぅ…」
「私は忍びの里の長をしている。名前はない、長とお呼び。さて、お前の名はなんという」
長の目が霞む視界のなかで、真剣味を帯びたのがわかった。
「伊吹……」
母さんが、つけた名だ。
「良い名だ。伊吹、お前に私の持つ全てを教えよう」
長は微笑んで俺を抱え上げた。俺はその日から忍びという生き方を知る。
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