物紡ぐ聖なる夜 ※編集ららるら主と作家孫兵 彼の書く話はいつも、気の向くままに。 魔法が渦巻き花たちが歌うようなファンタジーだったり、ページをめくるたびに謎に絡めとられてしまうミステリだったり、飛び出してくるようなアクションバトルだったり。 「(ドキドキする)」 文字を追うたび胸が踊って、はやくはやくと急かして取りこぼしてあわてて読み拾う。とある場面で公共の場所だというのに、くすりと笑わされ泣かされる。 そんな彼の担当になって早何ヵ月。世界はクリスマスだというのに、僕は仕事のために電車に乗っていた。 「どうしたんだろう……」 僕のミスで先生に中編をクリスマスまでに書き上げてもらうことになったのだが、さっきから連絡が取れないのだ。メールも返信がない。 うう……僕がミスしたから。もし部屋で倒れていたりしたらどうしよう。 窓の向こうに走っていく景色は光の粒が流星群のようで、僕の流行る気持ちをたたいた。はやくはやく。あと1駅。 「出ないなぁ……」 電車をかけ降りて階段を下りながらもう一度電話をかけてみるが、呼び出し音が鳴り続けるだけだ。とにかく先生の家に急がなければ。 「あ……」 駅前に大きなクリスマスツリーが飾ってあった。それに感嘆の声を上げながら、カップルや家族連れが写真を撮っている。 "要、駅前に今度イルミネーションが飾られるみたいだ" "へー!そうなんですか" "ああ、見に行きたい" "いいですね!女の子、そういうの好きそうですし" "………ああ、そうだな" ふと何日か前に先生とした会話を思い出して、眉をさげる。本当は恋人とクリスマスデートだった?なのに僕のせいで潰しちゃった? 「……」 楽しげな声を振り切って、先生のアパートへ走る。とにかく先生の無事を確かめたかった。この間のじゃ謝り足りなかった。 マフラーから白い息が漏れて、クリスマスの夜に溶けて消える。冬だからか星が瞬いて綺麗で。 今思えば急いでいるならタクシーを拾えば良かったのだけど、焦る気持ちが足を突き動かしてしまったのだから仕方ない。 「っはぁ、はぁ、ついた……」 2階にある先生の部屋のドアをノックする。ノックしながら息を整えた。 「先生、先生?一ノ瀬です。いらっしゃいますか?」 応答がない。 どうしよう。でも本当に倒れていたりしたら大変だし、とドアノブに手をかけた。なんの抵抗もなくすんなりと開く。 「……?先生?」 中は真っ暗だった。そろっとお邪魔して、中を伺う。いつもの1LDKの部屋の廊下は照明が落とされてなにも見えない。 「先生、一ノ瀬です……いらっしゃいますか?」 やはり応答はない。 仕方ないのでいつものリビングへ足を向ける。リビングも照明がついていない。が、カーテンが開けられているので部屋はぼんやり赤るかった。びくびくしながら窓へ近づく。 「無用心だなぁ…」 カーテンを閉めようと伸ばした手が、誰かに後ろから掴まれた。 「っ!?」 そのまま背後から誰かが僕にのしかかった。喉奥から悲鳴がもれる。思わず腰が抜けたが、誰かが抱き止め足を踏ん張る。 「なっなっなっ」 「遅かったな」 「先生!?なにしてるんですか!」 軽装で髪を軽く後ろに束ねた先生が、僕の腰に手を回して抱きしめる腕に力が入る。走ってきたのも手伝ってか、顔がかぁっと熱くなった。 「せ、先生?」 「わざと電話にでなかった」 「え」 「電話にでなければお前が心配して来ると思ってな。どっちにしろ、まぁ、今日締め切りだから来るとは思ったけど」 「なっ。僕心配したんですからね!?倒れたりしたんじゃないかって!」 まくし立てると耳元にくす、と笑い声が滑り落ちた。びくっと体が震える。 「せっかくクリスマスなのに仕事だ」 「うっ、それはあの……すみません……」 「全くだ。」 「ううーでも良かった……無事で。あ、」 僕のポケットの携帯電話が着信に震えた。会社からだ。取ろうとすると、するりと奪われて電源を切られてしまう。 「あっ先生!」 「書き上がってる。あとは送ればいい話だ。」 「えっそうなんですか!?わぁあありがとうございます!すみません、僕のせいっ」 で、と続けようとした僕の唇になにかが押し付けられた。とん、と背中が冷たい窓ガラスにあたり、ぶるりと体が震える。 「ん!?んぅ」 「……眼鏡外しておけば良かった」 「せ、せんせ」 「……なにが起きてるのかわからないって顔だな。この鈍感」 「えええっあの、」 「ずっと、好きだったよ」 きゅう、と喉の奥が詰まってしまった。 「ずっとずっとって言っても、お前が僕の担当になってまだ数ヶ月しか経ってないけど。一緒に仕事の話したり、可愛いなって思ってた」 「…っ」 「ミス多くておっちょこちょいで、かなりいろいろ苛々したりしたけど。今回はかなり」 「す、すみません」 「クリスマス、食事に誘おうと思ってた」 「あ、え、えええっ」 真っ赤になる僕とは裏腹に先生は淡々と、どこか開き直ったように言葉を紡いでいく。 「僕がどれだけ誘ってもスルーするし、ミス厳しく叱りたいのに惚れた弱味で可愛くて叱れないし」 「うわっうわ、もう!やめてくださいやめてください!謝りますから!」 「うるさい。今まで散々押し込めてきたのに、息切らせて来てくれて。嬉しいだろ」 「っ……!」 「赤いほっぺも、雨になるといやだーって愚痴る癖っ毛の髪も、みんなかわいいよ」 「うあ、う」 「好きだよ」 「……ぼ、ぼく」 自分自身の耳にまで心臓の音が聞こえてくる。混乱と恥ずかしさと冷たい窓ガラスがぐるぐる回って、僕はいつの間に泣いていた。 「……いいよ。返事なしなくて。僕が言いたかっただけだ」 「うええ、すみません、」 「うん」 「でもぼく、昔から先生の書く話、だいすきで、その先生の、担当になれてすごいうれしくて」 「うん」 「その先生が、ぁ、僕を好きって言ってくれるの、もっと、もっと嬉しい、です」 「……ほん、とに」 はぁ、と先生は僕の胸に額をつけてため息をついた。ひぐひぐと僕は締め切りもありがとうございましたーと泣いた。 「あ」 「え?」 「せんせ、雪」 開けっ放しのカーテンの向こうに、ちらちらと花びらのような雪が降っていた。 「本当だ」 「……今から、イルミネーション見に行きましょう、か」 「ん?」 「駅前のやつ。それで、ケーキ、買いましょ、先生」 涙でぐしゃぐしゃの僕の顔に笑顔が灯ったのをみて、先生も笑った。 ▲▲▲物紡ぐ聖なる夜 ※※※ オチなしヤマなし意味なし ひそかに続きある作品 クリスマスの部分だけピックアップ ※ブラウザバックでお戻りください。 |