私立忍たま保育園

※保育園パロ/三年生教員/今回は五年ろ組



「要先生!」


名前を呼ばれて顔を上げると、もも組の竹谷八左ヱ門くんがばたばたと僕の元に走ってきた。次の運動会の練習で使用する線引きをしていた僕は、手を止めて走ってくる竹谷くんを受け止める。


「八くん、危ないよー」


「先生先生!あの桜の木の下で願いごとすると、叶うってほんと!?」


きらきらとした瞳で問われたのは、保育園内の敷地に生えている桜の木についてだった。たしかそんな話を聞いたことがあるような気がする。


「うん、先生も聞いたことあるなー」


「ほんとなんだ!」


「八くんはなにかお願いしたいことがあるのかな?」


「うん!おれ、要先生にお嫁さんになってほしい!」


「え」


その言葉に僕の近くで備品のチェックをしていた作兵衛が「ぶふっ」と吹き出した。


「え、えっとね八くん?嬉しいお願いだけど、僕と八くんは……」


「い、いいじゃん要……ぷぷっ…お嫁さんになってやれば……くく、」


「作兵衛……」


「おれ、要先生がお嫁さんになってくれたら、一生まもってやるよ!」


「ううう…」


にっかーと太陽のように笑う竹谷くんにまさか僕と八くんは男だから結婚は出来ないんだよーとは言えず、たじろぐ。参った。どうしよう。


「な、いいだろせんせ!」


「うーん、と……」


僕の手をぐいぐい引きながら竹谷くんは物を欲しがる顔でだだをこねる。どう言ったもんかと唸っていると、どこかから現れた三郎くんが竹谷くん蹴散らした。


「ぐえっ」


「はちのくせに先生をくどくとはな。身のほどをしれ」


「ああっはち、大丈夫?」


三郎くんの後ろにいた雷蔵くんが竹谷くんを起こす。目を回しているが、大きな怪我はないようだ。


「こら三郎くん!お友達だちを蹴飛ばしたらダメでしょう!」


僕が三郎くんの肩に手を置いて叱りつけると、三郎くんはその手を取って両手で握ってきた。


「そんなことより要先生」


「え?」


「はちとなんかより、わたしと結婚しませんか」


「ええええ……!?」


狼狽える僕に作兵衛は「ぶふぁっ」と吹き出して地面に転がった。そのままふるふると体を震わせているのをみると、どうやら笑っているらしい。


「わたし、将来はしゃちょうになる予定なので、要先生のこと、お姫さまにしてあげますよ?」


「いや、あのね三郎くん。僕はお姫様にはなれないから……」


「良いじゃないか、なってやれば」


そんな身勝手なことを言いながら孫兵が現れた。手に玉入れ用の玉が入ったダンボールを持っている。


「なってやれよ要。社長のお姫様してもらえるなんて光栄じゃないか。社長の。普通王子様だろうに。社長だぞ、社長」


「子供の揚げ足を取るんじゃありません!」


「お姫さまは嫌ですか?先生」


「えっ。えっと、嫌とかじゃなくてね三郎くん。僕は男だから、お姫様にはなれなくてね?」


三郎くんはふーんと相槌を打って、やがて考え込むとぱっと表情を輝かせた。


「じゃあせいどれいになって下さい!」


「!?」


「ぷ、」


「ぶはっ!?」


「?」


僕、孫兵、作兵衛の順で固まり、意味のわからない雷蔵くんは首をひねる。孫兵は可笑しそうに笑っていたが、僕と作兵衛にはただ事じゃない。


「さぶ、三郎くん!」


「誰に習った!そんな言葉?」


「?さんのすけ先生、です?」


きょとんと可愛らしく首をひねって三之助を指差す三郎くんに、作兵衛がロケットスタートで突撃して後ろから蹴り飛ばした。


「いだぁっ!?」


「お前かぁあぁあ!!」


「いったい!普通に痛い!なに!?どうしたの!?」


「どうしたんだ作兵衛!作兵衛も鬼ごっこするか!?」


「しねぇよ!三之助お前ちょっと来い!」


説教をするらしく三之助をずるずる教室に引きずっていく。三之助は作兵衛に任せて、ひとまず僕は笑顔を努めて三郎くんの頭に優しく手を置いた。


「さ、三郎くんいいかな?そんなこと、誰にも言っちゃダメだからね?」


「はい!先生にしか言いません!」


「いやそういうことじゃなくてね!僕にも言っちゃダメだから!」


「えーなんでですか?」


子供は悪いことはなぜ悪いのか、納得させないと繰り返してしまう。


"いけません!"だけでは子供はただやっていたことを中断されただけ、という不快感が残ってしまうのだ。


「えっと、だからね」


納得させなければ……
納得って!?


「僕は三郎くんの性欲処理にはなれないから、せいどれいにはなれないんだよーわかった?」


言えない、言えないそんなこと!すごく最低なこと言ってる!保育園児に向かって!最低だ僕!


あーうーと頭を抱えていると、とすんと孫兵が僕の肩に手を回した。びっくりして思わず腰を上げると孫兵が「僕に任せろ」と耳打ちする。


「三郎くん?残念だけど、要は三郎くんのせいどれいにはなれないんだ」


「なんで?わたし要先生のことすごく好きなのに」


「要先生は僕のせいどれいなんだ。だからだめ」


「はい!?」


「三郎くん?本当に好きならせいどれいなんかじゃなくて、ちゃんと伝えた方が相手も嬉しいんだよ。わかったか?」


「………うん。わかった!じゃあ、要先生!」


「え、あ、はい」


孫兵に抱かれた肩をしっしっと外すと、孫兵はくすくす笑いながらダンボールを運びに行ってしまった。そして再び三郎くんに手を取られ、真っ直ぐ目を射抜かれる。


「わたし、要先生のこ「なにすんだよ三郎ー!いってぇなー!」


気のせいだろうか、いま三郎くんがものすごい顔をして舌打ちをしたような気がする。


「なんだはち、うるさいぞ」


「うるさいじゃない!だいたい、三郎は要先生と結婚なんか出来ないぞ!」


「はぁ?なんでだよ」


話のあらましを聞いていたらしい竹谷くんは腰に手を当てて、自慢げに口を開いた。


「おれの方が三郎より背がでかいからな!」


「っ!」


三郎くんが下唇を噛んで一瞬身を引いた。僕は2人の喧嘩を止めようとして間でおろおろしている雷蔵くんの手をとる。


「雷蔵くん、大丈夫?」


「せ、せんせぇ、けんかしちゃうよ。ぼく、どっちの味方についたらいいの…?」


「雷蔵くんは優しいね」


頭を撫でるとふみゅ、と小さく声を漏らしながら雷蔵くんが顔を赤くする。


「大丈夫だよ。先生がいるからね。はいはい、2人とも止めなさい」


2人をひょいと抱き上げると、言い争いが止まった。竹谷くんが納得いかない顔で僕を見上げる。


「じゃあ要先生!どっちのお嫁さんになってくれるの!」


「わたしに決まってるだろ!」


「ちがう!」


「よーしよし、喧嘩しないの。僕はみんな大好きだよ。みんな僕がお嫁さんにしたいくらい」


2人の表情がぴたっと止まった。大人しくなったのでそっと地面に下ろす。


「はい、仲直りしようね」


「………ごめん、さぶろ」


「!っ、わたし、も」


「よし、2人とも大人だね!よい子よい子!さ、遊んでおいで」


竹谷くんと三郎くんの表情に笑顔が戻った。竹谷くんが「むこうで要先生をかけてチャンバラしよう」と三郎くんを連れていく。


僕の話、ちゃんとわかってくれたんだろうか……


「あ、あのね要先生」


「ん?なにかな、雷蔵くん」


くいくいとエプロンのすそを引かれたのでしゃがみ込むと、雷蔵くんが僕のエプロンを掴んだまま顔をふせる。


「ぼく、要先生のおよめさんになったら、まいにちおいしいごはん作ってあげるね」


「……」


▼私立忍たま幼稚園
▼五年ろ組のおはなし
(先生は雷蔵くんに心を持っていかれてしまいました)



※※※
息抜きにやっつけのららるら主幼稚園パロ。次はたぶんある、ない。



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