離れたくない 意識が体に戻り始める。 つぅん、と鼻先が冷たい空気を感じ取り、僕は全身に感じる温度の低さに驚いて身を縮めた。 「さむ……」 冬の朝。寒くて布団から出られない。皆さまもご経験あるだろうこの憂鬱。 僕はため息をついて寝返りをうとうと身を捻ったが、動かない。そこで始めて自分の腰になにかが纏わりついていることに気がついた。 「毎年恒例……」 「……んん」 ルームメイトの孫兵さんである。僕が動いたからか腰にしがみつく腕の力を強めて唸る。 毎年恒例とは、ジュンコの冬眠の時期になると寂しいのか、僕の布団に孫兵が入り込んでくることである。 2人ぶんのベッドはあるが、冬は片方のベッドは空っぽだ。まぁ僕も孫兵から暖をもらっているので、言うところの利害一致ってやつである。 「孫兵、起きなよ」 「うう……ジュンコ……」 「はいはい。ジュンコだよー起きようか孫兵」 「んー……ジュンコ…?」 「うんうんジュンコジュンコ。うわっ本当に寒いなぁ今日」 孫兵から体を離して、カーテンを開ける。ふ、と吐く息が白くゆらりと揺れて消えた。 「……おい馬鹿、いきなり離れるな。さむい」 「えっ理不尽」 僕の掛け布団をかき集めて丸まった孫兵に苦笑して、ストーブの電源をいれた。 「ほーら、孫兵?起きよって。今日は大掃除するんでしょ?あとみんなが年越し蕎麦たべにくるよ」 「んー……」 「あ、あと炬燵!面倒くさがってた炬燵出さなきゃ。孫兵、僕先に着替えるからはやく起きなよ」 丸まった布団のなかでもぞもぞと動いている孫兵に背を向けて、タンスの中からセーターを取り出す。寒いけどヒートテックはいいや。 「んがー……さむいいい」 ジャージとTシャツを脱ぐと、暖かった僕の背中や上半身が冬の朝のひんやりとした冷気に晒された。ぶわりと鳥肌が立つのを感じつつ、すぐに服をかぶるように着る。 「おはよう」 「ぎゃあっ」 もぞもぞと服をかぶっていると、後ろからぴたりと冷たいものが僕の背中に当たった。聞こえたのは孫兵の声で、首を出して振り向けば孫兵が冷え性の手を僕の背中にくっつけてどや顔している。 「孫兵〜〜」 「あったかあったか」 「やめんか」 「今日の朝ご飯当番、僕か」 「え?あ、うん」 「なに食べるかなー……」 「昆虫は止めてね」 ※※※ 「おはっさむっっっさむいさむいさむいさむい」 「うるっせぇよ三之助」 「あーなんで俺らが買い出し係りなんだよーさむいー」 ぶるっと震えながらマフラーに顔をうずめる三之助に、作兵衛もはーと息を吐いた。 「しょーがねぇだろ。ジャンケン負けたんだから」 「なーなー今夜から雪だって!?積もるかなー!」 この三人のなかで一番薄着の左門は、冬場重宝されるカイロ人間である。抱きしめると暖かい。 「積もったら用具委員会で雪かきかな……あー」 「積もったら雪の中フルマラソンかな……あー」 「積もったらみんなで雪合戦できるな!楽しみだ!」 「楽しみなもんか、だいたいなんでそんな薄着なんだよ左門。寒くないのか」 げしげしと三之助が左門を蹴れば、左門は緑色の耳当てを指差して得意げに言う。 「寒くないぞ!要からもらった耳当てが暖かいからな!」 「うるせぇ暖を寄越せ!」 「ぎゃっ冷たい!なにするんだ三之助!」 「止めんか男2人が道端で抱き合うな。画が寒いんだよ」 べしんと三之助の後頭部が作兵衛に乱雑に叩かれ、三之助は左門の手を握ったまま歩き出した。これだけでも結構暖かい。 「で、なに買ってくんだっけ」 「あー蕎麦とジュースと大根と鶏肉と、ちょっとお菓子も買ってくか」 「アイス食べたい!」 「却下」 「えー」 上げた手をぶんぶん振りながら不満を言う左門を一蹴して、作兵衛はふはぁと白い息を吐いた。 「さむいなぁ」 ※※※ どたんばたんと三は組の大掃除は大変だった。 「うぇええ……」 せっかくまとめた雑誌類を数馬がひっくり返してしまった。藤内が苦笑しながら数馬を起こす。 「大丈夫か数馬」 「ごめん藤内ぃ……」 「案ずるな。このためにはやめに大掃除し始めたんだから」 雑誌をとんとんとまとめて、藤内が微笑む。 「うん、ありがと」 「よっし、要るものと要らないもの分けるぞ」 がさがさと藤内が箱のなかを漁りだした。2人で生活する寮の部屋はベッドが2つに簡単な勉強机が2つ、壁に共同のクローゼットがある。 クローゼットの中から出した箱を漁ると脈絡なく、色々なものが詰め込んである。手についた分厚い冊子に、藤内は思わず後ろで作業する数馬を呼んだ。 「あ、数馬!」 「うん?」 「アルバムが出てきた!」 「えっ!みたいみたい!」 箱から出てきたのは小学校のアルバムだった。めくると挟まれていたらしいスナップ写真がばらばらと落ちる。 「あ、これ遠足のだな」 「わーみんなちっちゃいなぁ」 くすくすと笑う数馬が持つ写真には、レジャーシートの上でお弁当を食べるみんなが写っている。今とメンバーは全然変わっていない。 「ん、これ中学の入学式のだ。二年前かー……はやいな」 「そうだねー……」 数馬は小さく笑って、でも少し寂しそうにしながら呟く。 「みんなでずっと一緒に居られたら良いのにね」 「……まだ、高校があるだろ」 「うん、でも」 「数馬」 ぐしゃぐしゃと数馬を撫でながら、藤内が苦笑した。数馬はきょとんとしながら首をひねる。 「僕さ、」 「?」 「初めて数馬や、作兵衛や要、うん、みんなに会ったとき「やっと会えた」って思ったんだよ」 「え?」 「ずっとずっと、夜寝るときとか隣が寂しい気がしたり、なにかが足りない気がしたり、とにかく寂しかったんだ。でも、みんなと会って、それが無くなった」 へへ、と笑いながら誤魔化すように頬をかいた。 「別れても、また会えるんじゃないかな。僕たち」 「………えへへ」 数馬まで零れるような笑みを浮かべる。 「うん、そうだね」 スナップ写真をまたアルバムに挟んで、静かに閉じた。 「これは要るもの、と」 → ※ブラウザバックでお戻りください。 |